第512話 安定なんですけどね

 タガネさんとノヴァくんの会話は途中で途切れました。

 アッファスお兄ちゃんが軽食の用意ができたと声をかけたのとタガネさんが「安全区画でもたまーに盗み聞きの魔道具が転がっとったりするんよな。飯時寛ぐんにはうざったいからマジナイ張るわー」とモニターを遮断しましたよ。

 ぇええ。

「なんで、そんなことができるんですか? タガネさんっ」

 迷宮管理者ネア、不満の声をあげてしまいますよ。


『迷宮対策は冒険者の基本ですよ』


 バティ園長が横から教えてくれましたよ。なんでしょうか。その『貴女、なに言ってるんですか?』と言い出しそうな風情がありますね。

 基本。キホンだそうです。

 はじめて聞きましたよ!?

 誰もネアに教えてくれませんでしたよ?

 迷宮基礎学の講座でも聞きませんでしたけどね。


『深部に踏み入れ、核に触れる機会のある者にとっての基本だと言えます。『迷宮は侵入者を観察している』コレはこなれた迷宮探索者にとっては実にあたりまえのことです。この件は主人様も感じておられていたのではないですか?』


 ぅん?

 あー。

 迷宮に向けて要望を述べると叶えられる可能性が上がるってアレですね。それは知っていますよ。

 欲しいがっていたギフトスキル『鑑定』はなかなか手に入りませんでしたけどね。不満そうな顔をしていたのでしょう。バティ園長がゆったりと追加解説をしてくださいます。


『迷宮に観察されていることに気がついているわけです』


 確かにそうですね。


『友好的、興味と好奇心で眺められているだけならかまわないのですが、実際のところ『特定以外の侵入者』を嫌悪する迷宮もおります』


 あー。

 迷惑行為をする『回遊海原』みたいな感じ?

 アレはたぶん迷惑な迷宮意志。

 様子を見ている雰囲気はなかったけれど、たぶん、『回遊海原』が考えなしなだけそうだし、悪意を持って解析対応してくるならめんどくさいかなぁ。善意の対応でもそれはもう迷惑なんですけどね。


『お互いに抜け道は存在しておりますし、ここは相手を尊重するか、裏ワザを駆使してのぞき見るかとなるでしょうね。主人様はどちらをお選びになりたいのですか?』


 うーん。

 気にはなるけど、そう。

「タガネさんを尊重しておきたいかなぁ。休憩した後の動きは追えるでしょうし」

 それで。

「エリアボス蛇はなにをそわそわしてるのかなぁ?」

 自ら私の椅子になってるんだけれど微妙に微震というか蠕動を感じるんですよね。

『抜道使用者ヘノいべんと戦闘……、アルジ、チイサイノ気ニスル』

 え。

 ああ、抜道使用者には簡単に迷宮を進めさせないための階層より凶悪な門番制度を採用してましたっけ?

『天水峡連』なら大顎と呼ばれるおっきなワニ。

『魂極邂逅』なら有毒の泥に憑依しているマッドゴースト。

『蒼鱗樹海』なら、なんでしたっけ?

 だいたいエリアボス蛇に任せっきりですからね。安定の安心感です。

 チイサイのってまぁ、ノヴァくんはまだ十歳未満ですが見た目はちっさくないですし、強いでしょうしね。武器も魔法もスキルも使いこなしているはずです。迷宮の声だけ忖度されているだけで。

「エリアボス蛇(本物)がバーンと出ていっちゃうと相手に勝ち目がなさ過ぎそうですし、誰を配備しているの?」

『エリアボス蛇分体!』

 揚々とこたえるエリアボス蛇は得意げで実にかわいいのですが、それってエリアボス蛇の実力が測られてしまいそうですね。他の場所でも分体に出会うことはありますからね。エリアボス蛇(分体)は彷徨える門番魔物ですからね。

 タガネさんはいい人ですがそこで弱みになり得る情報を与えるのはよく有りませんし、もう少しだけ変化をつけるべきな気もします。

「うーん、もうちょっと目新しさも欲しいかも?」

 ビクリとエリアボス蛇が揺れて固まりますよ。

 どうしましたか?

『……ゥ。のみーずモ一緒ニ』

 のみーず?

 あ。

 ノミと蛭部隊ですか。

 あの安全区画を出れば湿地森林ですからねぇ。秘密通路は洞窟っぽくなっていますが、出入り口はどこも高難易度を目指してあるので。

 アッファスお兄ちゃん、あんまり怪我しないといいなぁ。



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