第509話 迷宮は忖度する
『わたくしは、わたくしの神子たる子を恵まれた生きやすい環境におきたかったのです』
ロニ・マルカルがぽつりと呟きます。
『わたくしは幼い神子に干渉できません』
『迷宮が神子たる子に直に干渉するのはその子が十の春を迎えてよりですから』
バティ園長が補足してくれました。
十歳と十五歳はこの世界の迷宮と人の子の関係上意味のある数字となっているっぽいんですよね。
アヤちゃんは人の子枠であると同時に『迷宮核の欠片を所持する亜迷宮』という特殊枠らしく、迷宮主分体という扱いだそうです。
たまに遊びに来て情報を流してくれるのですが、もう一人の『私』には接触していないそうです。
アッファスお兄ちゃんを通じてリリーお姉ちゃんとも仲良くしているようですよ。
『石膏瓦解』『回遊海原』『天上回廊』は『私』の管理下に属することに躊躇いがあるらしく、刻倉君からは『ネア(私)の管理所属が好ましいんだが』と希望が出されておりますが、あんまり管理迷宮増やす気ないんですよね。
刻倉君も『石膏瓦解』の主も迷宮配信にハマっているのが大きい気もしますが。
よく魔核を貢いでくださってるそうです。天水ちゃんが言ってました。
『わたくしの神子の様子を見ることが叶うようになったのは最近なのです』
俯いたままロニ・マルカルは言葉を落とします。腿のあたりで握った拳が小刻みに震えている様子が私にも認識できます。おそらく、ロニ・マルカル的には冷静にまとめようとしているのだと思います。つまり、もともとはそれなりに感情的な個体なのでしょう。
「ノヴァくんはすくすく成長できてますね。身体的には健康に幸運に恵まれて育っているのでは?」
適切な教育も受けてますし?
きっと、あまりおなかをすかせたり、どうしようもなく寒暖に苦しんだ事はないんじゃないかなと思いますよ?
もちろん、つらいとか不幸だとかはそこだけでは測れませんが、それを言えば人の不運不幸不遇なんて個人のもので比較出来るものではないんだと思っています。
『わたくしは! わたくしの神子に幸せであってほしいのです!』
コレ、『回遊海原』の迷宮主に聞かせたい発言では?
天水ちゃんによると嬉々として配信ちゃんねるで投げ銭リクエストで冒険者への難易度を上げるというリクエストを乱発して苦労する冒険者を観ては満足して魔核投げ銭を追加しているそうです。
投げ銭という価値観がわからず、天水ちゃんとすり合わせた結果、いわゆる『おひねり』や『褒賞』だと合致させることが叶いました。
そっとバティ園長が『回遊海原の迷宮主にとって迷宮神子は複数いる群体の一角のようなものなのだと思いますよ。つまり格の違いですね』と囁いてきました。
神子の血統を育てられなかったのは迷宮ですよね?
神子と迷宮の関係は魔力の高さと親和性がモノをいうらしいですから。
魔力の高い子を育成するには強い魔力を使いこなしていくことが必要で、つまり、強い迷宮が必要なんだそうです。
ノヴァ君は強い魔力を保持しており、才能は十分でしょう。
迷宮が応えないのはまだ十歳になっていないからですね。
迷宮によっては違反行為重ねているように見えるけれど本人の預かり知らぬところなので無言を貫いている可能性もあるのではないでしょうか?
「幸せは自分が決めることですからね。ロニ・マルカル、あなたがノヴァ君の幸せをつくることは難しいかと思いますよ」
もちろん、受け取り方によってはノヴァ君を幸せにも出来ると思いますけど、けど、けれどですね。今のノヴァ君は不幸なんですか?
不安でしょうけれど、不満でしょうけれど、助け手はいてくれるんですよ。
落ち込むことも不安を感じることも、不満と不安をそうと認識していけることも生きていく上では大切だと思うのです。
不安や不満を第三者になんとかしたいと言語化できるのはそれがなんとかすべき『異常』なことだとわかってるんですよね。
それをかつての私のように『あたりまえ』のことだとしていない。
『わたくしは、不要だと?』
は?
「いいえ。しあわせかそうでないかを決めるのは本人であって周囲では、あなたでも私でも他の誰かでもないだけです」
真っ向から『わたくしは貴方のしあわせを望んでいます』なんて告白されたら面食らって動揺したとしても、ええ、少なからずうれしいでしょうし、しあわせではあるんじゃないでしょうか?
ただ、自分の命運を大きく変えた要因にどこまで納得して飲みこめて、受け入れることができるのかは別だと思うんですよ。
「ただ、いきなり『あなたに無事生きて欲しかったので、生まれたばかりの赤ん坊を五歳ほどの幼児へと時間をいじって保護者に任せた結果、他の迷宮が忖度して沈黙。ついでに十歳までは不干渉及び契約迷宮をたてて声をかけることがなかった』という事実を『迷宮と意思疎通できない』と五年間は悩み続けてた案件、こじれないといいですね」
迷宮達ってかなり忖度しあってますからね。
……。
ん?
あれ?
忖度……。
天職の声さん、私のところにいるんですが、『私』もまさかノヴァ君と同じ目にあってないでしょうね?
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