第500話 そばにいよう

 ルシャ・マトラ。

 それはわたしの個体としての名前。

『月砂翠宮』が迷宮としての名。

『月砂翠宮』を『腐海瀑布』に明け渡し、『腐海瀑布』の位置を得た。

 思考回路の大半を下位迷宮の支配に苦心する時間。

 本来、『腐海瀑布』と契約しているのは『ネイデガート・ロサ』ロサ家のお姫さま。

 わたし、『月砂翠宮』は管理者を定めない自由な迷宮。その上で容量不足の管理能力不足な未熟なわたしが迷宮核にして迷宮主。慌ただしい隙間でわたしは支配権を『ネア』に委ねた。

 どういう手段か不明ではあるけれど、裁定者をつとめる管理者から景品として奪われた『ティルケ・ナーフ』を管理者ネアは回収してみせた。

 この時点で逆らうことを考えることがまずバカらしい。

 完全な状態ではなくとも取り戻せる能力が自身にあるかと問われればないのだから。つまりわたしにできないことが『ネア』には可能である。

 対価がないわけではなく、『ネア』は『ネイデガート』と分離を余儀なくされたし、景品が正しく『本人』を取り戻すのは『オマツリ』が正しく終わった時。

 つまり、『ネア』と『ネイデガート』はお互いの上下を定めなくてはならない。

 立ち位置の交換というものは契約でも行われており、『ネア』による『月砂翠宮』の支配を受け入れ、『月砂翠宮』と『腐海瀑布』の契約交換。裁定者のダメージが大きく捜査力の低い間に情報を撹乱する目的。

『目』はひとつではないので必要である。


 わたしはわたしを生み捨てた母を迷宮神子であった間疎んで、恨んでいました。

 そばで食事や装いや作法を手解き補助してくれていた側女たちがそうさざめいていたから。知っている。知っていると考えていた。

 黒虎様は『母は行った』としかおっしゃらなかったから。

 恨むことが捨てられた我が身を呪うことが正しくあると信じていた。

 奪われて得た魔力枯渇と飢え、サビシイの穴が埋められると黒虎様の不在の穴は埋まらないけれど、ハーブとサクのそばはあったかい。

 少し、少しだけ『ネア』とおはなしした。

 ネアの語る『マコモお母さん』、『ネイデガート』が嫌う『マコモお母さん』わたしをうんだ迷宮神子。


「私たちは利用しあう関係だったと私は理解しているの。それはそれで家族だと思ってもいるのよ。でもね、でもね。きっと、私じゃなくて『私』ならぶつかって喧嘩して……マコモお母さんのもうひとりの娘になれたのかもね。マコモお母さんも素直に貴女のお姉さんを助けて。とでも言えば良かったのにね。おかあさんの娘をたすけることに協力しない理由なんてないのに」


 ネアは、自分が引く壁を見ていた。

 迷わず、わたしをたすける力をふるうと言える。


「マコモお母さんがグレックお父さんに求める役割りがあるように、私はマコモお母さんが私を保護して育ててくれるなら娘であってもいいかと思ったし、無事に生きていける環境をくれたマコモお母さんに助力することは当然でしょ?」


 冷たくも感じる言葉だけど、たぶん理由をつけて助けてくれるんじゃないかと思ってしまう。ろくに知りもしない相手なのに。

 たくさん魔力を食べて周囲に死を振り撒いた事は変わらないわたしをたすけると言えるのがよくわからない。


「だって、死にたくないのは死にたくないのよ」


 そう言って笑うから。

 わたしはあなたのそばではなく、あなたが気にかける『ネア』のそばにいる。


 防衛素体に回すリソースはまだまだ少ないのが困るし、現契約管理者には嫌われている。

 それでも、『ネイデガート・ロサ』と『ティルケ・ナーフ』はちゃんと守るのです。

 わたしはわたしでありたいし、たくさんたくさんいのちを食べたからきちんと悔いのない在り方を見極めていくんです。

 黒虎様も民も皆わたしのうちにあるのです。

 わたしがそう知り続ける限り。



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