第497話 心は狭いのでしょう

「優秀な人物で、母親を大切にしている努力家だからじゃないの?」

 おだやかにもっともらしく紡がれるハーヴェストの言葉が不満です。

「私がネイデガート・ロサなのですけど」

 帝国の貴族は七歳になるまで名前だけが国に届けられ、性別すら伏せられ一部の信用ある環境で養育されるのが一般的です。帝室では同じ年の使用人の子らと混ざって育てられたり、将来的に護衛や雑務要員として育成する予定の隷属者に守らせて育てることが通常だと言われています。(お父様の語り)

 隷属者となるのは闘争に敗れた妃の子供であったり、隷属者同士で護衛用の隷属者をつくらせたりするそうです。

 そのあたりの管理はロサ家の分家筋の迷宮神子による迷宮との交渉により隷属処理契約を成す専門の迷宮が存在しています。

 トーラス・ロッサの妻が迷宮隷奴契約を主とする迷宮の迷宮神子であったはずでそちらを疑わないわけではないのですが、迷宮達は『それはない』と否定します。(意志を感じるだけ)

 つまり、あの『ネイデガート・ロサ』は『隷属子』ではなく『本物』であるか『庶子』もしくは分家の『子』ということになります。

 本物ではあり得ないのですが、それを証明する手段は私にはありません。五歳でこの街を出た私の姿を知る者はいないのです。

「本人に自覚なく、自分が違うと知らなければ努力して当主に相応しくあろうと努力しているのかも知れないよね」

 ……。

 ゆるりとあちらの『ネイデガート』を庇うようにも見えるハーヴェストに苛立ちを感じます。

 舌にピリリと刺激を感じる甘い飲み物をひとくち含んでゆっくり喉を潤す。

「ローベリア」

「はい」

「アレが偽物の自覚がない可能性はあるの?」

 私にとってアレは拒否すべき存在だと思う。ええ。『私』ならどんな対応をするのかとも思いますが、わかりません。私は私がいるはずの場所にいるアレを受け入れられる気がしないのです。

「ロサの血はお持ちでしょう。ロサのお屋敷では六年前侍従含め多くの使用人が解雇になっております。ロッサ様が帝都よりお戻りのおり、数人の侍従をお連れでしたが長い者はおらず、奥様を含め誰も証明はできません。年頃は合致し、ロサの血はお持ちです。奥様も否定はなさいません」

 確かに『私』に匿われていた私にだって記憶の混濁はあったのです。本人が自覚していない可能性もあるのは事実ということですよね。なら、ロサの血なぞ入っていなければよかったのに。

 ロサの血は減っていると言われていても『実子』と受け入れられないまでも『隷属子』がいないとは言いきれません。本家筋でなくとも。

 迷宮管理者は生まれ難く、求められるのは役割を果たせる迷宮神子。お父様の代には『隷属妻』はいなかったとはいえ、お祖父様の代にはいたそうですから。

「つまり、『隷属子』を持ち出してきた可能性があるということですね」

 お父様はお母様である第一夫人以外の夫人を迎えていないので他に私の弟妹が居るとなればそれは『血』がつながっているだけの『隷属子』となります。

「れいぞくし?」

「迷宮がそう書き換えた迷宮の子ですわ」

「え、待って。帝国って奴隷禁止じゃ?」

 は?

「禁止されているのは販売ですよ。ねぇ。ローベリア」

「はい。わたくしは帝室よりロサ家へとお仕えするためにあがりました」

 考えてください。

 返済を終えるまで彼らは実際のところすべての身分を奪われて返済者としてのステータスカードを与えられます。

 呼び名と管理番号。能力と借金額が明記されたステータスカードを。

 彼らは借金額を返済すれば本来のステータスカードが返却されます。

 国の姫などのステータスカードはある意味はじめから『隷属子』のようなものです。

 ただ力ある姫ならば新たに自ら迷宮と交渉する余地があるだけで。

「わたくしは姫さまがお生まれになられたおりにその魔力のカケラを受けお仕えしております」

 ええ。ローベリアは私に仕える存在です。

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