第494話 とりあえず殴る

 夢を見ている。

 細い丸メガネにベスト姿の二足歩行にゃんこがメガネをくいくい調整している。

『バスユニットを購入しても定額二十回払いでお支払い楽々。もちろんお好みの場所に設置までこのケットシー商会にお任せを!』

『えー。ユニットバス、お風呂かぁ』

 私がカタログを見ながら悩んでいる。

『今なら格安サービス二十五回払いで水洗トイレの設置にこのワタクシをブラッシングし放題! ブラッシングブラシやわらかタイプはサービスサービスです』

『よーし、買ったぁ!』

 そう、ケットシー商会のキョーアクにゃんこ訪問販売員には良いように転がされていた幸せな夢。

 叱られて一括支払いすることになったけど。



『アルジ。起キル?』

 ああ、エリアボス蛇の声だ。

「……。ブラッシングしほうだい……?」

 黒髪が指に絡む。

『鱗磨ク?』

 んー、それも悪くないかなぁ。

 指に絡んだ髪を後ろに払い上半身を起こす。

 髪が園長によって持ち上げられる。

『髪を整えましょう』

「ありがとう。園長」

 さっきまで眠っていたからか欠伸がとまらない。

「目覚めは爽快かい? ぷてぃみーあ」

 やわらかな声に動きが止まる。

 チラッと見れば深い緑の影が見える。

 いつか来るかもとは思っていたけれど、こう目の当たりにすると正直。

「気持ち悪い」

 このくらい告げても効果がないから言えるんだけど。

 ここは迷宮管理空間。

 私は今、ネアとして在った『私』と分離している。

 正直なところ存在消失していてもおかしくないと思えるのに私は『蒼鱗樹海』の管理空間に在るのだ。

『訳がわかりませんな』

 この声は『流玄監獄』さんですね。

「そうですね。どうして私は迷宮管理者として存在しているのでしょうか?」

 それは『彼女』の特性ではないのでしょうか?

 ほら、『私』は異界から招かれた異物のはずですし?

 むしろ、消失こそが正しいのではないのでしょうか? ええ、間違いなくそう考えますよ。

「残存の為にダンコアを配備したのではないのかな、スィーティ」

 は?

「彼女と違いダンコアは確実にキティと融化しているからね。ダンコアはダンジョンコアだが、この世界における迷宮核に近しいものだ。ダンコアにはダンマスもついている訳で。その時点でハニーが頑張らなくても迷宮管理くらいはやってのけるさ」

 え?

「そーなの!? ダンコアちゃん?」

 え? マジで?

『もちろんですよ』

 それだけ言って存在を隠しましたね。ダンコアちゃん、流玄さんには強気に出てませんでしたっけ?

 まぁいいでしょう。

「仮素体は魔力と空の迷宮核で組んであってまだ安定していないからね。プティミーア」

 ん?

 するりと奴の手が絡んでくる。

「ゆるりと休むといい。いざとなればこの世界を破壊してでもキティは守るよ」

 は?

「壊すんじゃないっ!」

 とりあえず殴っとくか。

「ああ。プティミーアの愛が激しい」

 ナンデ、殴られて喜ぶかな。

「ふふ。私はね。スィーティ、君に向けられ、君から放たれるならどのような感情すら幸せと言えるからだよ」

 えー。

「キモい。エリアボス蛇は万が一にも真似しないようにね?」

 ちょっと生物として異端だから『死』を望むのもちょっと違うというか、喜ばれるのわかってるし、うん。

「天水ちゃんもたまちゃんもあんまり影響を受けないようにね」

 わけのわからない人員は少ない方がいいんだから。

「ここにいる迷宮核及び付随物ごと連れていくんならこの世界にこだわる必要はないと思うよ?」

「……私の、お母さんじゃないけど、私のおかあさんがここにはいるの。妹もいるの。ともだちもいるの。お父さんだって。簡単に壊すなんて言わないで」

 睨んだってコイツは堪えやしない。それでも言葉にすれば考慮はしてくれることを知っている。

「そうだね。一年、『蒼鱗樹海』の奥で観察してきたから知っているよ。もうしばらく馴染ませないといけないけれど、最低限は外部から観測もしていたしね」

 観測は六年前からだろうか? それとももっと?

「忘れないで。プティミーア。私は君の望みを叶えたい。愛しい私のキティ。世界を、壊さないように気をつけておくことを約束しておくよ。そして君の愛をいつだって待っているからね」

「いや、だから気持ち悪い」

 魔力を込めて殴っておいた。



 喜ばせるんだよな。コレ。


 仮素体ってなんだろう?


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