第460話 迷宮街クナスバ



 砂埃のむこうでもがく気配だけが届く。

 塞がれた嘴からは悲鳴は漏れず、身じろぎすら許さないと縛り上げられた体では空を掻くことすらできないのだから。

 口元を多い目に異物を入れぬよう布と『守護』のスキルをふるう。

「えっげつな」

「ぅう、息子がっ!」

「交代を願うなら変われるはずですよ」

 黒甲冑の監督官がそう言ったとたん、父親は嘴を閉ざした。

「えげつないのぉ」

 その様子を確認してタガネがぐっと伸びをする。

「刑罰の遂行に立ち合わなあかんのもえらいなぁ」

「この『傀儡師の庭』は入った以上、五階層までを突破せねば迷宮から出ることもできません。この一階層を突破するには十体以上の討伐。各階層ごとに必要討伐十体程度増えていきます。では、まいります」

 黒甲冑の監督官がそう言い、さっさと迷宮を歩き出す。

 二十人ほどの男たちがそれに従ってのろりと動き出した。

 息子を迷宮に絡めとられた父親ものろりと歩を進める。時折り、振り返りながら。

 声のない、それでもやまない悲鳴。悲鳴は聞こえなくてもなにかが引きちぎられるブチブチという音やバギョンという音が響いてはくるのだ。

「あんま、聞いとったらめいるでぇ」

 タガネにポンと肩を叩かれ、明るく声をかけられる。

「わかってはいるんだが……」

「あー、気になるわなぁ。わかる。わかるわぁ」

 何人かの男達がジロリとこちらを睨んでくる。

「まぁ、もーっとめいるハメにはなるんやけどなぁ。坊ちゃんはどっちかと言えば甲冑ちゃん達のご同輩候補だから配慮されっやろけど、まぁ、おいおいやなぁ」

 もっとめいるハメにはなるのか。

「ま、罰金が払えんおっちゃん達の末路ってやつだーな」

「迷宮に捕らわれても罰金金額相当の益を出せば自由になることは可能と聞いております。戦い、採取し、その成果が罰金金額を満たすまで、当迷宮街クナスバからは出ることは叶いません。ご身内の方に連絡はいっているはずですから払っていただけるとよろしいですね」


 離反迷宮街クナスバ。

『傀儡師の庭』

『亡骸の塔』

『過黒の大過』

『万障の胎』


 帝国領内に在りながら帝国に属すを良しとしない四迷宮。

 正しくは現在のロサ家に従えぬと学都内に入り口を置かぬ迷宮である。

 管理下から外れている迷宮となれば実のところもっと多くなるのだから。

「大概条件は迷宮核に触れて交渉するやからなぁ。辺鄙でめんちぃカラクリ迷宮は不人気なもんやわ。死ぬし」

「タガネ」

「ゆーてもめんちぃ迷宮ゆーだけで氾濫も起こさせとらんしおとなしいもんやけどな」

 黒塗りの護送車を操る騎獣はタガネのものであり、この辺鄙な道すらタガネにとっては庭と言わんばかりだ。

 帝国にある刑罰は罰金刑と流刑。拘束されるのは刑が確定する時までというのが流れになる。

 黒塗りの護送車に乗るのは罰金が支払えない犯罪者ということになる。通常のステータスカードは支払いを終えるまで没収され、債務者カードを教会から発行されるので他国に渡っても迷宮に気に入られていない限りは奴隷商に買われる一択。

 帝国にしても救済処置として返済クエストを組んではいる。それに応じて送られる迷宮は複数。

 失脚した皇族貴族専門の蟄居迷宮もあるというが、そちらの情報が入ってくるほどの甲斐性はない。知らないでいられた方がいいのかも知れない。

 クナスバは返済クエスト用の街と言える。

 つまり、タガネは移送を依頼され、俺はこの町の迷宮をある程度出入りできるようになることが課題だ。

「十討伐。魔物じゃアなくてもいいんだよな」

 荒んだ眼差しの男が一人ぼそっとこぼす。

「ええ。そうですね。もし、自分にくるのでしたら案内不要ということですね」

 監督官がさくっと応える。

 空気が一気に殺伐とする。

 迷宮に入る為、最低限の武器と荷物袋を配布されている彼らは無力なわけではないのだ。

「おっさん、息子と戦う覚悟はあんの?」

 びくりと父親が頭を跳ね上げる。

「『傀儡師の庭』では傀儡にされたヒトも迷宮のモノとして襲ってくんだよなぁ。一階層でひっ捕まったっつってもどこで出てくっかは不明やけどなぁ。モトの状態より強化されてんだけどなー」

 なんてタガネは笑っているんだが笑いごとか?

「傀儡に抑え込まれると傀儡になるか死ぬかですね。傀儡になっても金額相当の益、もしくは三人傀儡化に貢献すれば迷宮からは解放されるようですよ。つまり、彼らは襲ってきます。みなさんの先輩方です」

 頑張ってくださいねと言わんばかりの監督官である。

「ま、移動でかたまった体をほぐしていくかねぇ」

 脅されたとはいえ、一階層の出現敵は魔物だけ。スライムと蜘蛛、小型のスケルトンで、十討伐はあっという間に終えれた。

「あのスケルトン、傀儡だわぁ。ヌシはあっちの蜘蛛だから、スケルトンいくら倒してもノーカンっぽいでぇ」

 楽しそうにタガネが生き残っている男たちに声をかけている。

「えー、五階層まではいっとるもん。出入り自由よ。自由」

「では先に行きますね。五階層でお待ちしております」

 監督官もそう言って次の階層へと向かいだし、男たちがにわかに慌てだした。

 置いていくのかとか助けてくれとか泣き言が聞こえてくる。

「自分は案内人ですから。出口には他の監督官が待っておりますから宿舎までは付き添ってもらえますよ。出れたなら」

 この迷宮街はあくまで強制労働の場なのだとうすら寒い気持ちになる。

「助けてくれ」

 鳥頭の獣人が縋ってくる。

 息子と交代しようともしなかった父親だ。

「下の息子達が支払いを手伝ってくれるはずだから、だから」

「支払い能力がない未成年者をあてにしてんじゃねぇよ」

 父親の言葉をばっさりタガネが切り捨てた。

「おっさん達親子の罪状は迷宮内での保護物件の破壊行為。仲間が蘇生の希望の為に費やした努力と金額、魔力。その賠償金も通常の罰金に足されている訳やん。傀儡になってもシカバネになっても支払わされると思うぜ?」

 へたり込んだ父親をもう意味がないとばかりに無視をして先に行くよう促される。

 あの父親はまだ十討伐できていないのだろう。

 次の階層についたと思えば、数人の男たちが荷物袋から装備を出して整えていた。

 荷物は没収できてもスキルは無理だ。スキルを使って防御力を上げる者もいるようだった。

「あのおっさんたち親子はさ。迷宮コレクションをポシャらせたんよね。当該迷宮がむっちゃごねてさぁ。『クナスバの恩赦札』一人四枚集めて当該迷宮に納めろって無茶振りしたらしいんよね」

 恩赦札?

「クナスバの恩赦札とは各迷宮が一人に対して一枚発行すると言われている札です。一枚あればステータスカードが返却されるか、新規でステータスカードを得ることができます。各ギルドカードも再発行可能でただ賞罰記録には『迷宮にて恩赦』と記載されます。それでも再度やり直しが可能になりますね」

「どうやって手に入れんだよ」

 黒甲冑の監督官が解説し、男のうち一人が問う。

「迷宮核に願うと手に入るとは言われていますね。さぁ、進みましょう」

「っへ。あの親子には到底むりだろうよ」

「迷宮コレクションの破壊って畏れ知らずな奴らだな」

 男たちの間であの親子の評判が落ちていく。

 これではあの親子はこの迷宮街でロクな目に合わないのではないのだろうか?

 タガネがまるで当たりやすい『生け贄の羊』をつくったように見えてすこし、そうすこしだけ意外だ。

「あの親子の身内を知っとるんでな。下の子供らにはかかわらんといてほしいもんやからさ。つぅい」

 真っ当に生きていってほしいもん。としなをつくられてひいた。

 迷宮街では互いの名を呼ばない。

 男たちは罰金を払い終えるまで名を奪われ、数字で呼ばれる。

 監督官の立場の者も仮名を名乗る。

 名を知られていれば本人家族に危険が及ぶこともあるからだ。

 彼らは通常では支払いきれぬ罰金刑を受ける者たち。

 それだけの違法行為に身を染めた者達に身の上を知られているのは危険しかないものである。

「はじめての迷宮は楽しんでなんぼやでぇ」

 確かにタガネも俺も借金はないのである。


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