第446話 日常がはじまる
私、ネア・マーカス十一歳の新しい住処は『赤煉瓦』と呼ばれる女子専用の下宿処の一室です。
部屋の陽当たりはよく、備えつけの寝台に本棚と机に椅子。出窓下と寝台下に収納スペース。布で仕切られた衣類棚と謎の箱。春の期から夏の期までは薄手の安い布でカーテンを。
そして水まわりは共用部分になります。入浴施設が屋内にあるので他所にある入浴施設に出向いて湯冷めしながら帰ってくる必要はないということですね。
居住人数は多くなく、管理するメイドのこーめーちゃん、改め、グラシィ・ライツ。グラシィさんがいるので問題はありません。
私はお家賃の支払いは魔力オンリーなのですが、さすがにそれを公言するのも憚られますので他の方々同様に一期に付き金貨一枚を支払っていることになっています。
お風呂と一日一食、共有部分の清掃はお任せの女児の安全を守る寮としてはお安い方だそうです。
寝室と居間の二間ですしね。個人的には寝室一間で充分広さで問題ない気もするんですが。
グラシィに「乾燥台とか置かれるのでは?」と言われて手を打ちました。
「魔物の解体は水場でなさってくださいね」
なんて微笑まれました。そうですね。迷宮外で狩った魔物は要解体ですからね。しばらくは予定ありませんが。作業場が整っているのはいいことです。
ざっくり櫛を通し、邪魔にならないように髪をまとめ、動きやすさを重視した服を身につけ(リリーお姉ちゃんにもらったお古です。かわいいです)、ベルトに荷物袋をセットして、マコモお母さんにつくってもらった荷物袋を背負えば通学準備完了です。背負う前に朝ごはんを頂くんですけどね。
背負い鞄を抱えていつものように一階の食堂におります。他にあるドアは閉じられていて静かです。
「おはよー。ネアおねーちゃん」
食堂に入れば蜂蜜色の髪を持った少女が元気に手をふります。割ってスープに浸したと思われるパンを握ったまま。
「アーマリアさん、振り回さずにちゃんと食べてください。お行儀が悪いですよ」
「あ! グラシィ。このスープおいしいよ!」
真っ赤な肉入りスープ。アレはボロネーゼのお手製お気に入りスープですね。
「お洋服にスープがつきますよ」
「わぁ! それはもったいない! ボクがちゃんと食べなきゃ!」
慌てて口に持っていく様子は、見ているだけでおなかいっぱいになります。
「おはよう。マリア」
下宿処『赤煉瓦』に選ばれた下宿人のひとり、アーマリア・カラント。ひとつ下の十歳で帝国の国民である。下宿費用の金貨一枚を問題なく払える帝国の富裕層の少女である。普通のサンプルとしてまともなのかはわからないですよ。
「今朝もおいしいよー」
テーブルにつくとグラシィがスープとパンを置いてくれます。
「おいしいよね。今日も朝から走ってきたの?」
「うん! 朝の走り込みは楽しいよ! 今度ネアおねーちゃんも一緒に走る?」
いくつめかわからないパンを掴んでスープに漬けるマリアに笑いかける。
「走らない」
追いつけないし、やろうとしたら半日ぐらい疲れ果てて動けなかったのはいい思い出である。
基礎体力が違い過ぎた。
「今度はちゃんとおそさ合わせるし、疲れたら背負っちゃうよ? ちょうど良さそうな負荷だよね!」
「イヤ」
「ネアおねーちゃんのけちぃ! ま、いっか。グラシィ、夕食も楽しみにしてるねー」
パンでスープ皿の底を拭い、ぽいっとパンを口に放り込むとマリアはマリアには少し高い椅子からひょいと跳び降りる。
「はい。お楽しみにしてください。お弁当ですよ」
「ありがとー。たーのーしーみぃ!」
包みを荷物袋に突っ込んで食堂を駆け出すマリアを私とグラシィは静かに見守る。
規定一期金貨一枚ですが、マリアは追加三枚して三食にしているそうです。
運動少女だからよく食べる。というわけではないらしいんですけど。
「普通サンプル?」
「どうでしょうね」
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