第422話 問題はない?

【そうですね。入り口が閉ざされた迷宮はロサ家と一時的に距離を置いている迷宮ですから安全性を確保できませんし、機嫌を損ねれば離脱され厄介な手間がかかります。大概の迷宮は『お題』をクリアさえしてくれれば従順ですが、それは『お題』がロサ家に届いていない。ロサ家が聞き届けていない証左となりますね】


 うえ。

 そういう『お題』って基本的な誓約だから守る方向性じゃないとまずいんじゃあ?


【不味いでしょうね】


 つまり、ロサ公爵領において休眠迷宮と呼ばれている迷宮は誓約不履行ぎみな迷宮入り口なワケですね?


【そうです。ロサ家に通じる入り口が閉ざされているだけではありますが。適応した現地にも入り口はありますから】


 そちらで誓約が果たされているならば問題はないワケですね。


【そうです。問題はなにもありません】


 カタンと小さな音が巡回兵が来ないように見張っていると思われるお兄さんのむこうで聞こえました。見張っていたお兄さんも聞こえたらしく、「ちょっと見てくる。声落とせ」と言いながらむこうに行きますよ。

「声あげんじゃねえぞ。必要以上に痛い目に遭いたくないだろ?」

 にやにやと笑って短剣をチラチラ揺らしているごろつきですよ。あんまりプラプラさせると取り落としますよ?

「おい! 入り口が塞がれているぞ!!」

 見に行っていたお兄さんが叫びながら戻ってきましたよ。

 えー。

 出入り口ぃ?

「ふっざけんな! 危険性がない公園だぞ!?」

「え。少ないだけっしょ?」

 あ。空気読まない系って感じのお兄さんもいるんだ。なんだか私達にかまってられないって雰囲気がヒシヒシですね。

 カタン。

 小さな音にそっとアトマ姫の手をとって下がらせます。はぐれない方がいいでしょう。それにしても。

「お可哀想ってあのお兄さんにおっしゃったのはどういうことですか?」

「あら。ネア。だってあの方々を守るのは人の目ですわ」

 ?

 あ。お兄さん方もきょとんと……あ。一番遠くにいたお兄さんの表情が変わりましたよ。どうしました?

「迷宮と親和性の高い者が迷宮神子と呼ばれるのですけれど、他の迷宮も友好的に接してくださるのです。そう、休眠状態とはいえ、愚者からわたくし達を守ってくださるくらいには。わたくし達には迷宮の対応を見守ることしかできませんもの」

「は? 休眠迷宮がなにできるっつーんだよ!」

「あら。大事なのは『迷宮神子の証言』と『罰則を受けた者が証言できない』という事実となりますわ」

 にこりとアトマ姫がおっしゃいますね。

「あなた方に人目のない有利さと同様にわたくし達も人目がなく証言都合がつくのなら。すべてないことですわね」

 すべてないこと?

「あのね、ネア。証拠がなければ罪にはならないのです。わたくし達にはなにが起こったかわからないことですし、誰が訴えるのでしょう?」

 訴える?

「んー、報告がなかったら気になるくらい?」

「つまり、主犯ですわ。わたくし達は『なぜ、ご存知なのですか?』と問うだけで良いのですよ」

 カタン。

 ぽたん。

 ぽたん?

「事実、わたくし達はなにもしておりませんわ。そうでしょう? お可哀想に」

 地面が渦巻きながら地中に流れ落ちていく。

 ごろつきだけが砂に捕らわれ吸い込まれていく光景がそこにはあって。私とアトマ姫の足場がいつまでそのままなのか不安に思うべきなのにそんな気は起こらず、ただ見つめていたんですよ。留学生ネア・マーカスは。

 一番遠くにいたお兄さんがなにかを投げてきてそれが錘のついたロープだと気がついたのは体のバランスを崩したタイミングでした。


【問題は、なにもありません】


 天職の声さんはなにをもって問題はないとおっしゃってるんですかね!?

 轟音でなにも聞こえません。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る