第410話 騒々しい地下水道
はじめて『孫娘』を見た。
以前王都を通過したらしいが春先は『石膏瓦解』の氾濫の後始末。夏前は丁度地下水道の増え過ぎた魔物掃討に当たっていて情報を得ることすら叶わなかった。いつも過ぎた後に聞いた。
深緑がかった黒髪に濃い紫の瞳。十歳だというにはなお幼く見える外見。アドレンスに過去あったどの迷宮の影響も受けていないと判る少女。それでも息子が『娘』とした少女。茫と瞳を虚わせたり、好奇に周囲を見廻したりと緩急が激しい。おそらく無関心ゆえに私や他の者からの観察に頓着はしていない。
それでも、幼さゆえに気がつくものもあるのか壁の高さが感じられた。
あえて騒いで気を散らせようとする商業ギルドの受付嬢も少女の底を観察しているのであろう。ギルドの依頼か、はたまたそれ以外か。
魔物を倒して得れるドロップ品は地下水道で狩っていた不利益を埋めるもの。地下水道の魔物たちは食材にも素材にも向かないのだから。
魔力の高さからくる攻撃力を求められ、称賛されると照れながらもやり過ぎるあたりが自己肯定力の低さを露呈していて息子に苛立ちを感じる。
力ある娘なのだから。
自信を持たせ、制御していく事を教えねばならないであろうに。
そこに血の繋がりなどは必要ない。
力ある者はどこまでも自由で有り不自由である。
だからこそ自己を肯定し、周囲を少しでも認識していけるよう幼い頃に導いていかなくてはならない。
一切の誘導が効かない危険者ならば、それはいかな手段を持ってしても封じなければならない。ただ一人によって多くが失われ過ぎてはいけないのだから。
そう、私は子らに教育してきたつもりだった。
「私はマコモのためなら国とて棄てる!」
「おにーさまはその女狐に騙されておられるのです!」
「あらぁ。わたくしが不都合でしたなら、わたくしグレック様とお別れいたしますわよ。そうですわね。そちら様女狐にご不満のご様子。マオもちゃんとわたくしが引き取りましてよ?」
余裕をもって笑む狐族の姫は含みを持って此方を見る。
『大森林』が健在であった頃、幾度となく氾濫を抑えてみせた魔女の笑み。
「縛られているようだな」
兄妹が口論する横でこぼせば嫌悪の眼差しを寄越してきた。
「ひとつの契約ですわ。いつでも解消できましょう? 婚姻の契約ぐらい」
瞬きで嫌悪を消失させただ笑んで見せる。
「マコモ、捨てないでくれ!」
息子が外聞を気にすることなくその袖に縋る。そして娘がなお激昂する。
「長女はマーカスの名を継ぐのかな」
「あら。わたくしのネアはグレック様と血の繋がりはございません。わたくしだけのネアですわ」
「アドレンスにおいてマーカスの名はよくあるが、それゆえに子らを守る手段にもなるであろう」
「それに実の娘でもないではないですか!」
「グレイシア!」
余計なことを告げた娘を呼び、黙らせる。
「わたくし、に、たいせつなわたくしの娘を守れぬとおっしゃる? 小娘、わたくしがおとなしくしておればずけずけと自身を弁えることもしらぬっ!」
「あの、ネアさん、迷宮潜りお好きなので地下水道が破壊され立ち入り禁止期間が延びると悲しまれるのでは?」
ヘルムートに突っ込まれて魔女はすんっと表情を落とした。
確かに間違いなく迷宮を楽しんでいた『孫娘』であった。
ヘルムート的にはこれ以上の地下水道への被害を抑えておきたいゆえの発言であったのだと思える。
ジェンキンスからの手紙もある。
「ティクサーで良い家庭を築いていると聞いている。子供らも両親と共に過ごすことを楽しんでいるとも。マコモ殿も短気になられず、両親の不仲などあれば安心して学業に邁進できぬであろうし」
「ティクサーでネアが帰ってくるのを待つのだろう?」
息子がそっと便乗してくる。
「学都で学ぶことは益が多いのでしょうね」
さめざめと嘆く魔女を宥める息子を横目に娘にヘルムートの護衛を指示し、ヘルムートの仕事が潤滑に回るよう進みを再開した。
たいがいにしろよ。とばかりに『げー』と蛙の鳴き声が水道の奥から響いていた。
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