第403話 天水峡連の案内蛙

『ミーは天水峡連の五階層までを管理するエリアボス、わんだりんぐふろっげーでござる』

『げー』という鳴き声にかぶってそんな言葉が聞こえる。

 管理空間に行けない?

 ちょっぴり焦ってしまうネア・マーカスですよ。

「わんだりん……ぐ?」

 震えているとわかる声が上から聞こえます。上から?

 じっとりと濡れる感触は熱く、即座に熱を失っていきます。……出血!?

 ソールカーナンさん負傷!?

『治癒』です『治癒』!


【管理空間から拒否権が発動しているようですね】


 天水ちゃん!?

「あ、ぁあ。ありがとうございます。ネアさん。お怪我はありませんか?」

 怪我?

 雪に半分くらい体が埋まっているくらいで怪我はありませんね。どうやらソールカーナンさんが抱え込んで庇ってくださったようです。

「大丈夫です」

「少し待ってくださいね。今、迷宮の高位魔物が声をかけてきていますので」

 動かず庇われているようにとソールカーナンさんはおっしゃっているようですよ。

「自分はヘルムート・ソールカーナン。地下水道管理部として日頃、管理している者です」

『ユーは迷宮との契約を望むでござるか?』

『げー』と鳴き声に言葉がのってます。二重音声です。聞きにくいです。

「自分は地下水道の管理業務を担うのみ。契約は王たる方々がなさるものです」

 ソールカーナンさんが私を庇ったまま返答なさっています。

『満たせばユーが有利な条件で振る舞えるでござるよ?』

「自分はどこまでも小物で迷宮との契約などという重責は身にあまるのです。わんだ殿」

『ミーのことはわんだりんぐふろっげー、もしくはだーりんと呼ぶでござる』

 聞いている分には『げー』と鳴く蛙に小柄なおじさんが這いつくばって真摯に返答をしている光景なんでしょうが、幸か不幸か見えません。

 さほど遠くない位置にテリハさんとケイトさんらしき人の気配を感知です。少し魔力が揺らいでいるように感じるので流された不調でしょうか?

 おじさんに「だーりん」と呼ばせるつもりですか? わんだりんぐふろっげー。

『ユーたちを一番近い出口に案内するでござる。あの入り口は一方通行でござるからな。ミーと言葉が通じる相性を幸いと思うでござる』

 げーとひと声鳴いて。

『ミーに挑戦するのならそれも一興でござるが如何?』

 シバいた方がいいの?

「いいえ。わんだりんぐふろっげー殿、自分の役割はお言葉をまず陛下に届けること。天水峡連様においてはアドレンスと誼みを望んでくださっていると」

『ミーもマスタも強き守護を得たいのみでござるよ? 互いに信なぞないでござろ?』

 ソールカーナンさん沈黙ですね。

「ヒルトさん、だいじょーぶ?」

 テリハさんが動きだしたようですね。ケイトさんは気配を抑えてらっしゃいますよ。

「だ、大丈夫ですよ。出口に案内してくださるそうです」

『襲ってきたらキルでござる』

 げーとちょっと違う方向へ向けて鳴き声が響きます。そっちにテリハさんたちがいるからですね。ズッと上部に空間が広がります。

「ネアさん、立てますか?」

 治療をしたとは言ってもボロボロになったソールカーナンさんが上半身を起こして私に手を出してくれます。

「立てます。ありがとうございます。ソールカーナンさん」

「いえ、若手を保護することは年長者のつとめですよ」

 つとめと言えてしまえるのと実行できるのは別だと思うんですよ。

 げっげっとわんだりんぐふろっげーが妙に満足そうに鳴いています。副音声無しなので特に意味は無さそうです。

「あんの赤蛙、後で最大電撃喰らわせてやるぅう!」

 テリハさんが吠えてますね。ちょっとその心境わかりますけど。

『キャツラお湯を流して環境改善しただけでござるよ?』

 げーとわんだりんぐふろっげーが鳴いてます。えー。悪気なかったんですかー?

「お湯?」

『グラニートードどもは熱湯に届かぬ高温水を放つでござる。都市部ではキャツラがいるので氷壁は育たないのでござるよ』

「テリハ殿、ニート蛙達の虐待は禁止です。彼らがいることで都市部の氷壁化を防いでいるそうです」

 ミルクを混ぜたような緑色のカエルが身軽に回りながらげーげー鳴いていますね。楽しそうに『虐待でござる。虐待でござる』と歌ってますよ。

『ちゃんとキャツラは各町の地下水道に巣食っているでござるよ』

 げーっと解説してくれますが、妙に腹が立つのはどうしてでしょうね?

 立ち上がった私を見たわんだりんぐふろっげーはその場でぐるんと回ってみせてきますよ。両の前脚を天井にむけ片脚を軽く曲げて豆のような形状の胴体を揺らしながら。

「敵意は、なさそうですね」

 ケイトさんがテリハさんの肩を叩いて引き留めているようです。

「ソールカーナンさん」

「な、なんでしょう。ケイト殿」

「あのカエルと意思疎通なさっておられますよね?」

 外套を整えながらソールカーナンさんが目を瞬かせます。

「ええ。はっきり言葉を使っておられますよ。迷宮の高位魔物わんだりんぐふろっげー殿です」

『ミーはわんだりんぐふろっげーかだーりん呼びがいいでござる。敬称は不要にござる』

 げーげー鳴いてますね。

「そうですか。私の鑑定スキルの成長具合では『天水峡連』の案内蛙としか出ていないものですから」

『ミーと意思疎通するには『天水峡連』の影響下にある事、そして地下水道に合計二期以上潜っている事が条件でござる。ユーたちは他の迷宮の魔力が濃すぎるゆえに意思疎通不可なのでござるよ』

 げっげーげっと妙なリズムをつけているのがまたムカつきますね。

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