第400話 したかった。
地下水道は早期確認しておきたかった。
上層部の整備点検をしつつ幾度か奥への調査協力を騎士隊に申し出て欲しいと上司に願いでもした。
たしかに『蒼鱗樹海』の調査。帰国する王族貴族達の居住空間の確保整備が優先され気味であることは納得できなくもない。
「水は清浄であり、異常は出ていないのでしょう?」
そう侍従長に切り捨てられては再度、間を置いてまた依頼するという行動を繰り返すうちにすっかり煩わしく思われるようになってしまった。
十年前、地下水道は行けるところまででも静かで、浄化スライムが流れにぷかぷか浮かぶばかりだった。入り口の水晶球に王族が年に一度魔力を注ぎ、浄化板を水に沈めるという手入れをするだけで良かった。
迷宮が失われてからはなすべき作業は格段に増加した。
水質の確認、浄化板や水路の整備。王城地下だけでもその範囲は広く、生活者に応じて劣化していった。
師が倒れる前に幾人もの同輩先輩が国から出ていった。
老いた先輩が幾人か荒れる水に呑まれた。腐敗しはじめた水を浄化してかえらぬ同輩もいた。
師は魔力の限り『浄化板』を作り続け、さいごには帰っては来なかった。
命じられたのは「王のための水を確保する」こと。
迷宮が戻れば同輩も帰ってくるだろうとは思う。
まだひとりたりとも戻らない。
水は清浄で、スライムは大人しく、浄化板の劣化は浄化され時折り落ちている魔力切れの浄化板に魔力を注げばよくなった。
同時に行くことを禁じられた下の階層から『げー』と魔物の鳴き声が届くようになった。
ようように地下水道調査が行われると、案内役として呼び出された。
そう、要求が通ったわけではなく、地下水道内に迷宮の入り口があるという疑惑のせいだった。
迷宮の入り口!
「ヘルムート・ソールカーナンよ。それらしきモノを見たか?」
王の言葉に喉がひくつく。緊張してしかたがない。
「いいえ。見ておりませぬ。されど師よりまだ早いと立ち入りを禁じられた先より魔物の声は届いております」
てのひらにじわとぬるみが生じる。
「グレック。調査に行ってくれ」
王は幼馴染みでもある兵に声をかける。グレック・マーカスがまだ幼い頃、初歩の書き物程度を教えたものである。懐かしい。知り合いであれば、少しは心穏やかに調査を……。
「お断りいたします。陛下」
「余剰戦力は少ないのだが?」
「冒険者も使えばよろしいのでは?」
「久々で随分とわがままな」
「妻に会えぬ時間が耐えがたいもので」
「教会を通じて呼べば良いだろう」
「幼い娘もおります」
ぽんぽんと進む会話に口を挟むこともできず茫と置物と化した自分のことは本当に誰も気にもとめていなかったと信じていたい。
その後の騒動は覚えていない。
意識が浮上した折りに「じゃあ、ヘルムートを連れてティクサー往復か?」などと王がとんでもない事を言い出していたり、いつのまにかマーカス家の現当主グレイシア・マーカスがその兄に食ってかかっていたりで。ひたすらに壁になりたい。
「ヘルムート殿には娘のネアをしばし、預かっておいて頂きたい」
「お兄様の、ネア嬢は確か『クズ狩り娘』や『焼き尽くし幼女』と呼ばれている素養の高いお嬢さんでしたわね」
「決してグレイシアやマーカス家に関わらぬよう配慮して頂きたい」
当の少女は宿にはおらず、冒険者ギルドで同条件で雇った冒険者ケイトと商業ギルドを覗いて発見された。
そして、流れで商業ギルドの受付嬢だというテリハ嬢がグレックが戻るまで少女の保護者として決まってしまった。
宿はすでに確保されていた宿でグレックはそそくさと騎獣を駆り旅立ってしまう。
ただでさえ人馴れしていないというのに少女から年頃のよい女性などという三人に向き合うハメになったのは呪われているのかと錯覚せざるを得ない。
しかし、少女は「暇だし、明日は一日あくだろうし、『蒼鱗樹海』潜りたいな」と言い、ならばと「地下水道の予備調査にでも行きますか?」という提案に嬉々としてのってくれたのだった。
ひとりで行くより安全である。
侍従長もグレック・マーカスの名で雇われた冒険者や商業ギルドの受付嬢(守秘義務契約書携帯)の地下水道への同行はあっさりと許可をしてくれた。軽食付きだったのは王の配慮であろうか?
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