第380話 クノシーの警備隊長はもどかしい
冬が冷える。
それは寒冷区画が迷宮内にあることを示している。しかし『蒼鱗樹海』一階層及び二階層はどちらかといえば初夏の気候を持っている。二階層は地下だが。
採取できた資材はクノシーで加工され王都の復興に使用される。
王宮や兵の詰所、教会に商業ギルドをはじめ、各ギルドの施設が優先的に復興された。
王都にたどり着いた帰還民は布張りの簡易所で寝泊まりし、復興活動で飢えを満たした者も多い。
夏の終わりには教会がいくつかの救済院を建築し、少数は屋根を得た。
ギルド員になれていたのなら各ギルドの準備した宿泊施設を利用し、格安で生活基盤を築けただろうがその幸いを受け取れた者は少数でしかなかった。
それゆえにクノシーに流れてくる帰還民は定着優先で受け入れられたことに多くが安堵した。夏の半ばを過ぎるまでに先をみる者はティクサーや古い里の復興に流れた。
早期に技巧者が移住を決めたから『司祭』も『警備隊の巡回所』もクノシーにおける老舗と紐付いた『商店』も揃えることができた上に『山の迷宮』からの接触があった。……『王族立入禁止』という没交渉案件で辛い。
技巧者の里である以上、この里の移住者はクノシーで選別を受け、許可を得た者だけとなる。元々のクノシーの住人、もしくは一定以上の技巧者として認められる者が移住した。
結果として王城や王都教会で当座必要とされるリネン類が初税として納められた。
アドレンス王国に三つもの迷宮が帰ってきたことに古い住人はわきたち、慎重に迷宮に接する。
どの迷宮も癖はあるが、多くの食料を人に与えてくれる。
『山の迷宮』はクノシーよりいささか遠いが足の早い商隊によってドロップ品だという『砂糖』や『塩』、『燻製肉』が王都に、そしてクノシーに届く。
ティクサーとクノシーの旅程は荷馬車で七日。
迷宮内を急げば二日ほどは短縮できる。
そのためにはそのための道を確保し続けなくてはいけない。
夏はあっという間に蔓が育ち、人手は蔓の打ち払いに。
蔓を活用できないではないが、急激な人口の増加に役立つとは言い難くあった。確かにそれでも稼ぎ口を与えることが出来ていた。秋は食材が豊富で蔓の繁殖も僅かにかげりをみせ迷宮探索が進んだ。食糧の備蓄は僅かばかりだが、迷宮に通えるならばと楽観していた者が多いと思う。
冬の期に切り替わり、『霜柱』を見た時、悪い予感を抱えた。秋の期に王子が一人、『侵食』を食い止めるため、身を捧げているというのになお命を求めるかのようにも思える『寒い』冬の期が訪れたのだから。
冬の期も早期に対応策を取らねば凍死者が出る。
国で生きていけると帰ってきたのに寒さと飢えで死にかねない。
優先される王都。
クノシーにまわる建材や素材食材の不足に苛立つ者も多くなる。寒さを凌げねば死ぬのだ。
巡回する警備隊員に霜柱踏み霜柱破壊が足された。
遠回しに街道の整備に伐採焼却依頼を出したが、『冬は家族と過ごすもの』という平和な一般論で断られた。
十歳の少女に『凍死者が出るので整備を急ぎたい』という理由を告げることは躊躇われた。
霜柱はじわじわと高さを伸ばしていく。
技巧者の里とも道が立たれるかもしれない。
ただ、技巧者の里は野宿者はおらず、食料も備蓄、保存食の作成研究もしているため凍死餓死者が出る可能性は少ない。
なにをごちゃごちゃ考えようとできることは僅かだ。
「隊長! 蛇の蒲焼き買ってきましたよ。気合い入れて『蒼鱗樹海』潜りましょう!」
ティクサーから迷宮を通ってクノシーに荷を運ぶ商隊は疲弊している。そしてなによりも夏の期ほどの気温から冬の期真っ只中という気温差にさらされることになる。気温の急激な変化は身体的負荷がキツく迷宮に潜ることを躊躇う者も少なくはない。
ティクサー側には町の手前に温泉があり休息できるのだが、王都、クノシー側にはないのである。
王都に向かうとしても疲弊した商隊が無事にまちに送り届けることも我ら警備隊の任務なのである。
死者を減らせ。
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