第370話 喪失
兄が消えた。
他の迷宮に呼ばれて消えた少年と共に。
ここでソレに兄を盗られたと喚くことは流石にできないけれど、どうしてもそう思ってしまうのはとめることができない。
他の兄弟たちの中でろくにギフトスキルの定着しない俺様を軽んじないのは兄だけだったから。
『愛されているんだよ』と兄上は言い聞かせてきたけれど、『身につかない』『努力が実らない』度に「頑張ったね。大丈夫。かわいい弟だもの。おまえは私が守るよ」と兄様に抱きしめられて感じる無力感が嫌でしょうがなかった。
『水』を生み出すことも、ギフトを使い切るまで。
『火』を放つこともギフトを使い切るまで。
しかもそれは他の人間が十回使えるところを三回程度で打止めで。
兄上に『適性の問題だからね。向いているものを探さないと』と言われて嬉しかった。
誰も向き不向きがあるなんて教えてくれなかった。
兄様は「数をこなせば覚えられるはずだよ」と『水』や『火』のギフトを迷宮で拾ってきては「内緒だよ」とくださった。
『水』や『火』は基本のスキルだから覚えられるはずとずっと思っていたから。覚えられない自分ができない子なんだと思っていた。兄様の期待に応えられない。ダメな子なんだと。
身体強化系のギフトならスキル化できるとわかったのは兄上の助言があったからだ。
学都では他の王族や帝国貴族とあまり会わず家庭教師と護衛官と行動していた。ディディア叔母上が「あなたの礼節ではよろしくありません」と判断したからだ。
兄様は学業と迷宮に潜っての資金稼ぎ、他王家との交流と忙しくなっていき、自然俺様のまわりは人が減っていっていた。国で餓死者を減らす資金は稼がなくてはならないと語る叔父上たちの力になれる兄や姉たちが羨ましかった。従兄弟達にいつまでも幼児扱いされるのが悔しかった。
なにひとつギフトをスキル化できないただの愛玩用の存在だと感じていた。兄弟でも、後ろ盾になる母親の実家を持たない兄弟は使用人と変わらない。使用人ほどの価値もないと語る母からはなれたから、兄上を兄上と呼んでみることができた。
気がつけばたまに護衛官と家庭教師はいたけれど、俺様の世話をやくのは兄上になっていた。
ただ、兄上は人の多い場所を苦手としていたし、発言も得意ではなく、いつだって貧乏くじを引いているように見えた。
でも、兄上は俺様に他の適性という可能性を指摘し、危険を警告しつつも行動を止めず自覚を促し、いざという判断で命を助けてくれる。
俺様が適切に行動できるはずと信じてやらせてくれる。
兄上がいたらどんな無茶でもできると思えた。
呼ばれた子供を助けようと判断した兄上は、兄上らしいと思う。
控えめだけど、兄上は小さいものに手を差し伸べる優しい方だから。
迷宮から脱出した後、俺様は迷宮学都に一人送り返された。
ケモノの国は未知の結界により封鎖されたらしい。
春にティクサーが封鎖された結界の再来。
兄上は当の尼僧長の孫。
真実、状況は流れることなくただ教会の名声が高まった。
兄上はそばにいない。
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