第350話 ものおもい

『魂極邂逅』

 生じて間もない幼い迷宮は王族を拒んだ。

 討伐されることを恐れているのかどうかはわからない。

 だが、迷宮があるだけで土地は豊かさを増す。それを踏まえて足元を見られていると思う。

 だが、確かに『不死の魔物』しかも『かつて生きた誰か』はひどく厄介で。じくりととうの昔に捨てた罪悪感が疼く。

 ここ久しく迷宮の声をきく子はなく、それでも迷宮は従順に富を吐き出していた。

 だからと言って帝国に牙を剥く意図もありはしなかった。

 国の迷宮から迷宮核を抜かれた。そんなことが可能な者は迷宮神子か、高位司祭、それに……、結構存在することに愕然とした。ただ、それぞれが行動を起こさなかっただけだった。

 迷宮核は大いなる魔力。

 それを持って技術を磨けば人智を超えた世界を知れると研究する愚者とも賢者ともつかぬ者が居るのも知識はあった。迷宮に焦がれ、迷宮核を喰み、迷宮へと自らを溶かす者もあとをたたない。迷宮に溶けた者はいずれ自らを失い、人であったゆえに人を排する迷宮へと変わりやすい。人を得た迷宮には人を与えなければならないのだ。

 人を愛し、守りたいと思えるように成長するように育てた魔力高き子を。

 王とは、迷宮を保持する国の王とは迷宮ヘの贄を飼う飼育者だと、己が身が贄に相応しくない以上、いや、贄に相応しくないからこそ王に選ばれる。

 兄を弟を。

 姉を妹を。

 娘や息子に。

 国民のための安寧に迷宮と添うてこい。

 そう命じる。

 正しく、間違っている。

 王として正しく。

 親として間違っている。

 迷宮核を抜かれたあの日、間をあけることなく父は「民が一人としていなくなるまで王は王だ」と告げ森に消えた。

 国を延命するための魔核を多く持って。

 娘と親族からなる侍女はただ「いってまいります」と微笑み、山にいった。

『魂極邂逅』には『かつて生きた誰か』である不死者があらわれると言う。

 最初から迷宮に沈むはずだった娘だ。

 箱庭で偽りの親愛で包ませ育てた娘だった。

 私自身は会いもしなかった。

 兄弟姉妹がこわい。

 子供達がこわい。

 なぜ、私は死を伝える者なのだろう?

 父のあの憐れむ眼差しが忘れられない。

 迷宮は今、国と契約をなしていない。

 誰も迷宮核に辿り着いていないからだ。

 いっそ、王族と無縁の者が国を興せばいい。

 そうなれば、アドレンス王国自体が別王家に取って代わられたならば臆病な私でも娘に会いにいけるだろうか?


「陛下、仕事してください。三迷宮とも迷宮核まで辿り着きそうなら妨害でよろしいのですね」

「ああ。何人たりとも迷宮深部に立ち入らせるな」

 今、国を荒らす訳にはいかない。

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