第320話 水の語らい
水の音が他の音を押し流していく。
片眼鏡の迷宮主『流玄監獄』がじっとわたくしを見返してくる。
「立ち入り禁止ですよ」
「私と契約者との繋がりを切るおつもりで?」
「わたくしと管理者様との関係性に他の迷宮は噛む必要がないだけですよ。けっきょくのところ、わたくしがヌシ様と仰ぐ管理者様は亡くなられたロサ様だけなのですから」
「……私どもと違い、零落までお供することを赦されたのですものね」
当時、管理者様は数個の迷宮のみを侍らせ、管理権限から迷宮を外すことで住まう人を、迷宮を守ったのだとわかっていても、共に堕ちたかったし、最後までお供して力になれたのなら、勝ち残れたかもと夢をみるのです。
ですから、私は一番に。
ええ。
私は生まれ出る前の迷宮管理者と契約を結んだのに。
本当ならばロサの長が管理者に『マツリ』を教え、ロサの地で順を追いながら多くの迷宮を管理していくはずだったのに。
「わたくしは、残存せよと命じられましたがね。おそらく介入があることを懸念なされた保険なのでしょう。……ただ巻き込みたくないなどと愛情深くも薄情なことを思われた可能性も高いですがね」
生じて間もなく、脆弱であった私は拒否する間もなく切り捨てられたのに。
そう思うと疎ましさが底から這い上がってきます。
「わたくしはあなたを心配します。あなたの忠誠は正しく管理者様にあるのでしょうか? あるべき状況が崩れたとはいえ、迷宮と管理者様の関係は変わらないでしょう。当然ですが管理者様は管理者様ごとに振る舞いも心も違うのですよ?」
ふうと、吐き出された呆れを含む呼吸音が責められているようで苛立ちが増す。これは妬みでしょうか?
「承知しています」
今度こそ主人と共にさいごまであるのだ。
「彼女はロサではない。あなたは彼女の名を呼べるのですか?」
今、呼ぶことは危険であると私も知っているのに、なぜ彼はそう言うのか。
「ロサを記憶している迷宮も少ない。それは我らがロサが敗者でもあるからです。わたくしはあなたの今のありようでは今のかの管理者様を敗者へと導きかねず心配しています。あと、自身と向き合わねば切り捨てられますよ」
私が切り捨てられると?
「はじめて管理者に出会う迷宮達とあなたでは違うことも多いでしょう。あなたにとって不幸は先の管理者を覚えていることかもしれませんね」
轟々と水が地下を流れます。
私がなにを間違えていると伝えられているのでしょう。
ええ。
私にはわかりません。
負けるための準備などするはずもないではないですか。
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