第302話 暴走たまちゃん

『おかしいと思います』

 たまちゃんの発言を黙って聞いている上司ネアです。

 そう、秋の期になったので迷宮の入り口を開放した『魂極邂逅』ちゃんですが、誰一人として入場者はいません。はい。

 近隣まで来た冒険者はその辺を徘徊している暴れ蔓草(取り巻きの鉄荊)狩りに夢中で拠点にも使える(旧市街の残骸多数)迷宮入り口方面までたどりついてくれないそうです。

 シロちゃんとクロちゃんを追いかけてきちゃうような人もいないそうです。みなさん鉄荊に夢中だとか。

『暴れ蔓草……とるに足らず。と考えてましたが、魂極が愚かでした。駆逐すべし!』

 いや、それどことなくジェラシー?

 たまちゃんかわいいと思います。

 探索者歓迎の為に廃村跡地を毎夜毎夜屍女と骨狗(骸骨だが職人)を使って整備しているのにまだ人が訪れないのでヤキモキしているようですよ。

 石材と木材を駆使して建てられた新築家屋は雨漏りなぞないとばかりにしっかりした造り。厨房裏には井戸という水場は設置されているし、かまどもあります。木製のベッドに寝具は綿織物にずっしり綿を詰めてある感じですね。

 まだたまちゃん自身はうすらぼんやりした気配しか感じられないのですが、なんとなくかわいいはかわいいですね。

『というわけですので!』

 というわけ?

『冒険者の方になにが不満か尋ねようと思いまして』

 思いまして!?

『勝手に接触するよりは、主様に観察して頂こうかと。たまちゃんの交渉、見ててくださいね!』

 は?

 待って。たまちゃん、勢いに負けたよ!

 ふわりと気配を集めて交渉用の外観をたまちゃんがつくったわけですが、ちょ! かわいい。ふわもふ!

 あとで撫でまくっていいよね!?

 白っぽい二足歩行兎。純白ではなく、ところどころに灰色のスポットカラー。柘榴色の瞳。鈍い赤銅色のワンピース。長いウサ耳はてろんと横に垂れている。たまちゃんはウサちゃんだった!?

 パッと浮かぶのはモニター映像。暴れ蔓草をシバき、取り巻きの鉄荊を採取しているのはイゾルデさんと鍛治ギルドの親方でした。

『人間』

 待って。たまちゃん。いきなり声かけんの!?

「なにかしら。魔物」

 イゾルデさんが真っ直ぐに睨み返しますね。親方は鉄荊を荷物袋に詰め込んでますね。たまちゃんを見てあげて?

『なぜ、暴れ蔓草を半殺しで解放する!? なぜ、トドメをささん!? そしてなぜもうちょっと先にある迷宮までこんのだ!?』

 たまちゃん、交渉?

「鉄が採れるからなぁ」

『迷宮にも鉄鉱脈も採集ポップポイントもあるぞ。入り口付近には食材ドロップも多めだ! 町に帰らずとも生きていけるぞ?』

 親方の言葉にたまちゃん、得意げに宣伝。交渉とは?

「鉱脈か」

 親方が反応!

「迷宮だけで生活できるものではないのだよ。迷宮では魔力をとられるわけだしな」

『たまちゃん、抜かりない。入り口前の廃墟を改装してあるから寝泊まりはできるぞ。無論、魔物は出ない安全圏だ』

 たまちゃん、一人称たまちゃんでいいの?

『人間。人間は向上心が高い。故にたまちゃんの権限下で屍女による技術伝達は喜ばしく扱われておる。骨狗に造らせた鍛冶場や工房に興味あらば対価は貰うが技術伝達はかまわない。たまちゃんは大陸有数の迷宮のひとつになりたいからな!』

 あ、たまちゃん、向上心が高い。

 親方が小声でウサちゃんはたまちゃんが名前か。と呟いてますね。

「ほう」

 あ、イゾルデさんが反応した。

『たまちゃんの迷宮は元坑道型迷宮を再利用して成長中だ。たまちゃんが人間の魔力を得てより力を蓄えれば、無論、強い魔物も、よい鉱石も玉石も与えてやれるぞ。ただし、アドレンス王の血統はたまちゃんの迷宮に来たら屍女で呪うから。知っとけ』

 たまちゃん。欲求ストレート。

『魂極邂逅』の入り口はもとの鉱山迷宮の入り口(街道沿い)とは違う派生出入り口を主出入り口に設定しているようでした。

 ウサたまちゃんに案内された二人は整備された廃村の様子に唖然としていましたね。

『引き渡したぞ! これからの整備は人間が行うがいい』

 赤銅色のワンピースを翻し迷宮の入り口で振り返ったウサたまちゃんはあざとく頭を揺らし、『共に強くなろうぜ』と声をかけてから迷宮に跳ね入っていった。

 たまちゃん、たまちゃんはどういう方向性に突っ走って行く気ですか?

 おもしろいのでいいんですけどね?

『主様! 緊張し過ぎてパニクりましたぁああ』

 パニクってたの!?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る