第300話 知らんわ

「ぱーっと呑むでー。酒場行こ酒場!」

 行商人が唐突に絡んでくる。

「うっわ! 相変わらずええ毛並みやのぉ。あーわんこ飼いたいわぁ」

 誰が、犬だ!

「酒場には行かない」

 いきなりの過剰なスキンシップには苛立ちを感じる。いつも唐突だからしかたないという納得もあるが。十受け入れる気はない。

「あー、せやたら宅飲みやたらええな。アテも酒もあるさかい、業務時間終わっとるやろ。行くで」

 ギルドマスターには手を振られた。確認していた書類を引き出しにしまい、ロックをかけておく。自宅はギルドそばにある職員宿舎街の壁有り庭付き一軒家だ。

 兄の娘の一人であるツァトマもこの家に寝泊まりしている関係で家事作業と警備を担う中年夫妻も住込みである。夫妻は離れに寝泊まりしているが同じ壁の中である。

「おかえりなさいませ。若様。姫さまはお食事を済まされて瞑想の間です」

「ああ、ありがとう。今日は友人と呑むから警備を頼むよ」

「よろしゅー」

 夫人が呑みの部屋準備をしているうちにざっと汚れを落とし、身を整える。

 夜気に紛れる夏の花の香は甘ったるく、酒場の喧騒は遠い。

 壁に仕掛けてある防犯機能を入れる。防音効果もあるのでまぁ好きに話せるわけだ。

 蚊帳を張られた部屋には大量の料理や酒が卓に用意されている。

「いやぁ、べっぴんさんに準備してもろて嬉しいわぁ」

 すでに胡座をかいて寛いでいるタガネが夫人をからかっている。

「下がってかまわないよ」

 見送って杯を差し出すタガネから受け取る。

 さて、呑もうか。

「帝国内の迷宮の縛りは多分ゆるぅなっとるし、他の国も迷宮たちがざわざわしとるみたいでなぁ、迷宮神子たちがまいっとるとこも多いみたいやわ」

「帝国内の迷宮はロサ家が仕切っているんだろう?」

 あそこの家は代々当主が大型迷宮と契約しているという噂だけは聞く。亡くなったという先代の弟が他国の迷宮核を抜いて姿を消した事が有名だ。

 今ロサ家を代行している弟は迷宮への影響力ゼロで執務担当者だという話だし、その娘(九歳)も迷宮への影響力は薄いとの調査結果がある。

 次代であるネイデガート・ロサ十歳は適度に迷宮への影響力は感じられるフシはあるが、まだ情報は出揃っていない。

 まぁ、正妻は望めないとはいえどツァトマの嫁ぎ先候補一位なのでもう少し情報は集めたい。

「せやねんけど、ほらぁ、胡散臭い状況やからなぁ。迷宮らのざわめきが今、ほんま多いんやわ」

 多くの迷宮の深部に潜り迷宮核に触れて『情報』を取得し、話を聞くことに特化しているらしいのがタガネだ。

 杯に酒を注ぎながら口を滑らかにしていく。

「帝国内にいるとは思うんよな。ハールんとこの婿」

 だろうなぁ。それほど帝国の意志からは逸れてない以上死なせんだろうし。

ああ、タガネと会話をしていると話し方が引きずられやすくて困るな。

「ロサ家は当主以外短命ぎみやからなぁ」

 魔力を迷宮に喰われて死ぬんだと噂されているな。

「せやさからなんで外におったんやろな。ネアちゃん。あん子、ロサの直系血族やろ」

 咽せた。

「おいおいおい、だいじょうぶやあらへんな。料理の一部がワヤやん。わや。魔力込みで鼻はええはずやろ。タッちゃん?」

 防音効果の範囲を確認する。ついでに盗聴等の気配も探る。蚊帳と壁で二重に防音消音はかかっている。魔力を追加して強度を上げておく。

 あと、タッちゃん呼ぶな。

「迷宮が、侵入者に配慮忖度するなんて普通有らへん。興味を持つこともそうそうはあらへん。ネアちゃん、気づいとらんけどすっげわかりやすく迷宮に配慮されとるからな!」

 ありえへん。ありえへんとからから笑うタガネ。

 いや、迷宮が配慮?

 いや、言われれば、愉快な配慮は確かにされていたような?

「ああ、迷宮からちぃーっと思考操作されとると思うで。ネアちゃんを異物とは感じられんようにな。契約しとるわけでもない迷宮との関係としてありえへんのや」

 迷宮核を殴りまくって強者として立つタガネならではの視点というやつか。

 つまり、あの子に害意を向けるなという迷宮の意思が国全体にあった。そういうことか。

「ネアちゃん、迷宮達から人気っぽいから迷宮に忖度しとくつもりやねん。したらな」

 したら?

「一歩間違うと帝国つーか現存の国家政権と合わん可能性が出てきてもーてな、どないしよーって思うんよ。ネアちゃん、政治系絶対興味あらへんで?」

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