第290話 王家の兄弟

「どういうつもりなのでしょうか。ノーティ殿下。アクサド殿下」

 ディディア補佐官がギロリと私達を睨んでいる。

「申し訳ありません。ティクサー領補佐官」

「チビ連れの冒険者の小娘を優遇する理由がわかりません。叔母上」

 弟、正妃の四番目の息子ノーティが叔母上にくってかかる。きっと監督責任で私が叱られる。

 私は現王の二番目の息子だが、その母は少し魔力が高かっただけの愛人に過ぎない。母は産まれた私を置いて『お役目は果たした』そう言い残し意気揚々と旅立ったらしい。その後の私の立場はまぁたいしたものではなかったし、幼児期に迷宮核が奪われるという騒動も起こっている。もう少しわかりやすく魔力の発露が有れば迷宮核の代用に地中に埋められていたことだろう。おそらく鉱山の方には姉上の誰かが納められたのだろうし。

 おそらく鉱山迷宮の跡地に生じたのであろう迷宮が『アドレンス王家』を拒むという噂はそこが原因ではないかと思う。私がその役割を請け負ったとしても少しは王家をうらむ。

「ノーティ殿下。彼女にはその力があるのです。不用意な扱いは許されません。たとえ、貴方が現陛下のご子息、殿下であってもです」

「王家の妃に召しあげれば良いではないですか」

 今のアドレンス王家にどんな価値があると思っているんだろう。この弟は。

「ノーティ。叔父上方が各国の迷宮探索や氾濫した魔物掃討を請け負ってくださったから政の予算を得て私達は学都で遊学、疎開できていたんだよ?」

 今だって兄上や第二妃の長男、私の二日後に生まれた弟が学都で政や諸々の学習をしているのだ。

 国政を担う事の重さを従兄弟達は兄上に「我々、補佐します」と、押しつける心意気がすごい。

 それはそれとしても、ディディア補佐官の夫である叔父上は学都で我々の保護者として、アドレンス王国大使として有能な冒険者として国費を稼いでいた私達の恩人なのだ。

「ですから、俺様達が迷宮核に触れてアドレンス王家と迷宮を結ぶのでしょう? ね! 兄上」

 何故かキラキラの眼差しで私を見上げる弟である。

 というか、『俺様達』?

「私は強く、ないよ?」

 絶対、無理。

「兄上と俺様なら無理なことはありません!」

 ねぇ、どっからその信頼と自信は出てくるの?

「アクサド殿下?」

「私如きにその才覚はありません。ただただ、彼女の温情に縋るばかりで、す」

 ああ。喋り過ぎだし、人も多いし、部屋に篭っていたい。

「温情!?」

 見逃してもらったんだよ。私達は。

 帝国の貴族達も強い。学都では私だけでなく、ノーティも強い学生達と過ごして知ったはずなのに。なぜこう無頓着なのか。

 おなか痛い。

「力の差が大き過ぎると婚儀は拒否されるものだよ?」

 パチンと扇が閉じられる音が聞こえてきた。

「良いですか。おふたりとも」

 ディディア補佐官の声に私達兄弟は大人しく頷く。学都での教育係はディディア様だったのだ。

「アドレンス王国に生じた迷宮の調査書作成の課題は行なってかまいません。期間は秋の期いっぱい。冬の期には学徒に戻り必要講座を受講する事を望みます。ただし、秋の期の半ばまではティクサーの外に出ることを禁じます。諸々の作業を手伝うように!」

 あまり帝国に内情を知らせたくないという意図もあるのだろう。ついでに外出禁止な罰のようなものなのだろう。

「えー! 強くなるには迷宮に潜らなきゃ!」

 騒ぐ弟にディディア様がニコリと微笑まれる。

「罰ですからね。あと、二人とも警備隊員の独身寮で生活するように。ちゃんと必要な課題も選べるように出しておきましょう」

 旅支度の入った荷物袋を持って警備隊独身寮に移動する。弟はずっとぶぅぶぅ不満顔。

「薬草園には行っていいみたいでよかったね。ノーティ」

 課題は事務仕事の手伝いや代筆業務、計算や掃除の雑務。警備隊寮での一定時間の稽古への参加。それをこなしてからなら迷宮に出向いてかまわないという内容だった。

「あの小娘が弁えてないから、こんな目にっ!」

「噂の強い少女はあの黒髪の子だよ」

 たぶん誤解しているであろう弟にちょっとそう思うと吹き込んでおいた。彼女の方が魔力が高かったのだと。

「はぁ!?」

「魔力素養が高いと成長速度が緩やかになるケースを聞くから彼女はそれだろうね。あんまり失礼な対応をしてはいけないよ」

「……兄上がそうおっしゃるなら、そう、なんだと思います。じゃあ!」

 じゃあ?

「兄上の妃にすれば良いのでは?」

 間違いなく兄上の手に余ると思うよ?

「兄上には婚約者がおられるけれど、彼女の魔力高さは厄介を呼ぶと思うよ?」

「ですから、兄上、アクサド兄上の妃ですよ!」

 え。冗談はやめてほしい。

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