第285話 私との対話

 写本を続けながら管理空間への干渉を遮断するという行為を試行しているネア・マーカスですよ。

 神様が力ある存在を差すのなら弟くんが望むなら帰るべき場所に帰してあげられるということじゃないかと愚考します。いや、ほんとに私そーゆーこと考えるの苦手なんですよね。


【貴女が還るのではなく?】


 私?

 どこに還るんですか。

 帰ったら生き延びて一週間くらい。なんて世界に帰るのはごめんですよ?

 親しくしてくれていた人達がいて騒がしくて強引で無関心なのに優しくしてくれたあそこはきっと私がふさわしくなかったんだと思うんですよね。

 私にできることなんて本当にどうしようもなく少ないんですから、せめてできることをしてからじゃなきゃ帰れません。

 なら、還る手段を探すべきは弟くんだと思うんですよ。

 それに強引な方々は気が向けば押しかけてきかねませんしね。遠い目しちゃいます。

 私は実は私とお話ししたいと思っているのですが、気のせいじゃなければ天職の声さんの気配遠い方がいい気がするんですよね。

 覗いているのはわかりますが、距離が遠過ぎるとなにもできなくなるんですよ。

 喋らないでいるといろんな筋肉が衰えていくように心も弱まるんですよ。そして欲しいものがわからなくなります。

 まぁ、天職の声さんが遠ざかったからといっても『私』が話しをしてくれることを期待しているわけじゃないんです。

 文字を書き写しながら、思いつくままに『マオちゃんかわいいよね』とか『猪の腸詰は美味しいよね』とか『暑いのは好きじゃないよね』とか話しかけている気分でいるだけです。

 天職の声さんのことは好きですか?

 バティ園長もこわい人じゃないんですよ。

 秋がきて冬を過ごして、春になったら学都へ行きましょう。

 この夏は今までと違う夏でしたね。

 きっと秋も冬も今までと違うんですよ。

 楽しみですけど、ちょっぴり不安ですよ。

 痩せた木の実と簡単に手折れる木々の細枝。

 枯葉でうまく火がつかなくて凍えて過ごすこともないんです。たくさん炭を手に入れましたからね。

 学都で手に入れた布があればマオちゃんの上着も弟くんの上着も問題なく仕立て依頼に出せますからね。

 あれ?

 なにか引っかかりましたね。

 ええ、お仕立ては依頼を出しますよ。毛皮も皮もありますからそっちも依頼出したいですね。

 今度、商業ギルドにあたってみるつもりです。

 私にまっすぐ縫うことを期待しちゃダメですよ。皮に強引に穴をあけて皮紐で繋げるくらいならできるでしょうが、絶対見た目良くありませんからね!

 自信がありますよ。

 マコモお母さんに頼めば、それはもう綺麗に仕立ててくれるのはわかっているんですよね。でも、依頼を出す方がいいんです。

 まだまだそういう依頼を出せるゆとりをもつ住人は少ないです。そういう技能をもつ人は技能を活かせる仕事ができる方がいいんですよ。

 むいた仕事があれば人手がそちらに流れて、あきができたところに慣れていない新人さんが入れますからね。

 え。

 私も数をこなせば仕立てられるようになるのか。ですって? つくってみたいのね。

 まぁ、たぶんきっと、少しはできるようにはなると思うんだけど、人間向き不向きがあるのよ? うん。私の不得手が『私』の不得手とは限らないんだけど。手で覚える努力はした方がいいかしら? それとも変な癖がついちゃうかしら?

 二冊分の書き写しを終えてふぅと息を吐く。

 ぐっと腕を伸ばして大きく捻ってみる。固まった筋がパリパリ剥がれていくような爽快さがある。

 それなりにおしゃべりできたかな。なんて思う。

 とりあえず『私』はそれなりにお裁縫に興味があるらしいですね。私は指刺すの好きじゃないんですけどね。

 せめて端切れで草履でも編んでみましょうかねぇ。あ。なにか不評な気がするわ。

「あら、ネア疲れたかしら?」

「ふた綴り分できました」

 イネス尼僧様に確認してもらいますよ。

 満足げに頷いてもらいました。

「イネスねぇさん、神様ってなぁに?」

「神様? そうね。人が生きていきやすいように迷宮と天職を人に与えてくださった存在よ。迷宮さえあれば、神の目は人を見守ってくださるの」

 うさん、くさいですよ。

 それとも魔力の循環を神様って表現しているんでしょうか?

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