第283話 写本作り

 結局、弟くんがマオちゃん連れて鳥頭くんと一緒に小さい子の集合場所にむかうのを見送ったネアお姉ちゃんですよ。

 一人さびしく写本作成室にむかいます。さびしくなんかないですよ。ティカちゃんは今日は午前中迷宮への道の整備を手伝った後おじじのところで職場体験だそうです。うちでの勉強会の時に言ってました。

 私はおじじに「もうちょっとぼんやりなおしてからなー。無理じゃろうがな」と笑いながら拒否られましたよ。おじじ、酷い。

 中庭の水場は薄く濁っているので身の清めに使っている人がいるのかも知れませんね。中庭にもぽつぽつある一人用天幕や簡易寝床を見ながらそう思います。

『清浄』

 そしてほんの少しだけ『水』を足しておきます。

 井戸ではないのでここの水を飲んでいる人はいないでしょうが、……目の前にある水しか水を求められないこともありえます。どちらかと言えば『井戸を使わせてほしい』と言い出せないケースですね。

 あんまり現在の状況で水を増やしてしまうとふらふら遊びに出てきた幼児が気付かれないで溺れちゃいそうでこわいんですよね。

 私もお風呂は好きですが、滑らないように気をつけてはいますよ。どぽんと沈むとびっくりしますし。

 なんていうか、硬直しちゃいますよね。びっくりして。

「ネア、いらっしゃい。日差しが入る前に早くいらっしゃい」

 イネス尼僧様が手を振って招いてくださいます。

 イネス尼僧様は二十歳で癒し系のギフトスキルを持ってらっしゃいます。教会の孤児院ではおっとりぎみで優しいお姉さんで通ってました。冒険者にはならず、十六歳で尼僧見習いに入り、孤児院や施療院で奉仕しながら勉強中だそうです。

 写本作成室は資料庫の裏側にある施設です。ただし、私は表だという資料庫入り口を知らないんですけどね。

 写本作成室に入れるとまず雑多な資材に出迎えられます。

 木材や蔓やわけわかんない虫の死骸とかいろいろです。その先にある通路の先にこそ写本作成室はあるのでここはただの資材置き場なんですけどね。

「ネア、インクと四番紙材を持ってきて」

「はーい」

 写本作成用の紙材置き場から四番紙材のセット(インクも指定番号が指示されている)を抱えてイネス尼僧様を追いかけます。

 今日はどんな本を読めるんでしょうか?


【絵本ではないでしょうね】


 どーせ、絵心はありませんよーだ。

 天職の声さんに心の中で言い返しつつ写本作成室に入る。

 半地下で少しかび臭い不思議なにおいに支配された作業場だ。

 隣の部屋では写されたものを製本したり、損傷した本を修復したりしていく。ギフトスキルで補うこともあるけれど、知識と手を使ってギフトを使わない技術も残すことが教会の役割でもあるそうです。

 イネス尼僧様は『写し』のギフトスキルを持っていますが、手を使って写本を作るのも好きだそうです。あと、実際にやっていくとギフトスキルを使った時の精度が上がるそうです。

 教会の尼僧様司祭様はギフトを使わない方が多いような気もします。私が使うことには『ありがとう』とみなさん言ってくださるんですけどね。

「ネア、これをよろしくね」

 差し出されたのはこども向けの童話の本ですよ。

「帰ってきた子達が多いからね。教本が足りてないのよ」

 教会の尼僧様たちの読み聞かせ用ですね。最近、迷宮内でも読み聞かせ会してますもんね。そういえば。

 四番紙材とインクのセットは書く時に魔力を含ませることで消えにくく持ちが良くなるという効果があります。製本時にも保護魔術かけるそうですけど。

 私が得るものは文字の練習(数は力)。魔力調節鍛錬。童話の内容という名の知識です。

 なにもない世界で生きている人を憐れんだ神様が人に祝福という名の恵みを与え、人は不自由なく生きていけるようになったけれど、感謝を忘れて傲慢になってしまった人に怒った神様は世界から去り、次に訪れた神様は『迷宮』という試練を与えながら人に生きる術を与えた。

 迷宮がなければ生きていけないから、試練を受け入れて生きていこう的な一般的な童話ですね。

 試練の先の迷宮核は人の願いを叶えるとか言われてますし。壊れれば実際人が生きていけない危険はおおいに含んでますしね。

 迷宮ってそこまで人のこと考えてないと思うんですけどね。あと、今まで気にしてなかったんですけど、神様普通に去ってるんですね。

 この世界、神様って概念あったんですね。

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