第259話 森に道をつくります③

 重い物が落ちる震動。

『伐採』の威力が寸前で途切れたため、森の道が繋がるのに長剣三本分くらい足りませんでしたし、認知先の変移の適応にブレが出て頭がくらくらしているネア・マーカスです。

 戻ってきた視界には熊から赤い氷が突き出ている光景。

 そして、大きな手が私の視界を塞ぎます。

「ティカ嬢、治せるか、試せ!」

 森番のおじさんの声が耳に届きます。

 あ。

 間に合いませんでしたか?

 おじさんの声と同時くらいでゆっくり音が戻ってきます。

 草を踏み荒らす音。荒い息遣い。解体時に切りはなせない満ちた血臭。

 私は、怪我してません。

「おじさん?」

 なにか、ありました、か?

 私は怪我してませんよね? 誰か熊に殴られましたか? 天職の声さん。


【いいえ。熊は誰かを傷つける前に事切れました】


 そうですか。

 目隠しのむこうから聞こえてくる声はティカちゃんを走り回らせている気配を感じます。

 少なくともなにかありましたね。

「おじさん?」

「ちょっと待ってろ。ネア坊」

 ええ?

「ハーブ君の声が聞こえません」

 誰かが私と同じ状況をつくってるとしても、あの子は声をかけてくれるでしょう。そーゆー子です。

 なにかあったのは弟くんですか。


【前迷宮の名残りに爪を引っ掛けられたようです】


 え?

 私と敵対?

 えー。

 ちょっと面倒くさいことはごめんですよ?

 その場合、敵対するのは前迷宮の名残りなのか、弟くんなのかどっちでしょうね。マオちゃんに危害加えたら怒り散らかす自信はありますよ。


【迷宮にかかってきたらではないのですね】


 なに言っているんです。天職の声さん。

 迷宮は攻められたら喰らい尽くす勢いで成長していくものでしょう?

 エリアボス蛇が魔力不足で弱体化しているはずの隠れんぼ上手な敵性存在に傷つけられるとでも?

「おじさん、ハーブくんどこですか?」

 その手をはずせと視界を塞ぐ手に触れる。

 枝を踏み抜く音、蔓が引きずり落とされる音、湿った場所に重い物が落ちる音。

「ハーブ坊は熊に弾き飛ばされてなぁ。茂みにつっこんだまま見つからん。狙われとった警備隊の若いのも切先に引っ掻かれて負傷してな。ちまい子供を見失ったショックでさっきまで混乱中。ティカ嬢はふっ飛ばされるハーブ坊を見続けていたせいで動揺しとる。無理矢理することを与えて混乱を抑えさせてるというところだな。ネア坊は混乱するならまだ手をはずせんぞ?」

 おじさんが小声で教えてくれましたよ。

 内容はティカちゃんに高ストレスぅうう!

 えー。

 弟くん何やってるの?

 えー。

 うーん。

 たぶん、弟くんは無事ですね。

 熊如きに弟くんとお付きのトカゲ氏が敗北するわけもないですし。

 ほんとに弟くんなにやってるんですかね?

 周囲に気配を拾えないんですけど!?

「おじさん、ティカちゃんを休ませるべきだとネアは思います」

 ティカちゃんの魔力はまだまだ少ないですし、高ストレスだったでしょうし、動きを止めれば一時的に力尽きることもあるでしょうが、少し休むべきだと思うんです。いっそ一度意識を失った方がいいんじゃないかと疑惑を抱きます。

「そうだな」

 よし。賛同を得た。

「ティカちゃん!」

「ネア! ハーブがっ」

 呼びかければすぐに反応して駆けつけてくれるティカちゃん。駆けつけてきたティカちゃんをぎゅっと抱きとめます。

 今は弟くんのことはどーでもいいです。

「無事でいてくれてよかったぁ」

「でも、ハーブが」

「ハーブくんは魔力も強いし、連れてる魔物、あのトカゲだってそれなりに強いの。それに魔物を従魔化させることができる能力もあるわ。むしろ、現在契約真っ只中かもしれないし、魔物相手の能力だから契約時は命懸けでしょうけど」

 天職、『使役者』とかじゃないはずだけどなー。


【ああ。多くの迷宮魔物は迷宮と生死を共にします。ただそこに例外も存在します】


 例外?


【はい。迷宮が失われても、その失われ方が異質であった場合、知能を蓄えた魔物が『生存』に固執する場合が稀に存在します】


 死にたくないのは普通では?

 あ、私が死んでも後追い禁止は言いつけとくべきですかね?

 それとも私は迷宮主ではなく、あくまで『管理者』だから大丈夫かしら?

「あぶない能力持ちなら、まだ小さいうちは安全なとこにいるべきじゃないの!?」

 ティカちゃん、ほぼ悲鳴です。

「安全? 契約したい魔物は自分からハーブくんに寄ってきます。なら小さいウチから力を制御できるよう訓練する方がいいと学都の先生たちの結論です。成長と共に契約できる魔力は大きくなるそうですよ」

「成長と共に」

「魔物との付き合い方をハーブくんは学ばなければいけないの。特例で早めに学都で学ぶ資格を発行されるくらいに」

 契約の仕方なんて私、知らないんだけどね。

 迷宮支配みたいに『イエス』『ノー』の選択制かなぁ?

 実際、休憩がてら甘いものを口に入れていると弟くんは何事もなかったように戻ってきて黒い仔犬を抱き締めて「飼ってイイかな」と上目遣いで聞いてきました。

「まずは、それより『清浄』!」

 怪我は見えませんが血みどろで仔犬抱えてにこにこしてるのはちょっとダメだと思います!

 怪談系もごはんに関わらない血みどろ惨状も得意にはしていないのです!

「あ、ありがとう。すっきりした」って問題はそこですか? 弟くん。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る