第227話 弟くんは弟くんです

「思ったよりお父さん、お母さん、きょうだいといく行楽を楽しみにしてたらしくて、子供っぽい癇癪だったと思う」

「いや、元の記憶がどうかは知らないけど、今、ハーヴェストくんは七歳児。間違いなく肉体年齢には引きずられるからね。今は、七歳児なの」

 お迎えに来たマコモお母さんとマオちゃんとお家に帰ってから私、ネア・マーカスとハーヴェスト・マーカスは「お話し合いしてらっしゃい」とマコモお母さんに部屋へと追い立てられました。グレックお父さんは警備隊兵士独身寮でお話し合いですよ。

「あのね、言わないとって思ったことがあります。聞いてくれる?」

 訊ねれば頷いてくれたので言っときます。

「元の記憶でどうあれ、私もハーヴェストくんも今は見た目の通り十歳と七歳です」

 見た目の通りってところで首を捻らなくてよろしい。

「上の存在である姉であり、兄です」

 静かに頷いてくれる。

「私やハーヴェストくんの行動を通常のものと見てマオちゃんが吸収成長するとします。危なっかしく火や刃物を使うのを止めようとすると「お兄ちゃんは七歳で刃物も火も使ってたからできる」なんて主張されてしまう可能性があります。ちなみに私、ネアが刃物や火を使う許可が出たの十歳からですからね」

「それは」

 それは?

「ネア姉さんが、危なっかしく思えたからじゃ? 段階を追ってどこまでできるかはマオちゃん次第かな?」

 あ?

 別に私、危なっかしくはないですよ?

「ん。でも、なんとなく言いたいことはわかった。マオちゃんに悪影響を与えないようにした方がいいってことだよね?」

「違います。今のハーヴェストくんは大人ではないということを自覚してもっと楽しむべきです。邪魔された事に怒るのではなく、諦めてしまう必要はありません。怒っていいです。浮かれていいです。私もそれはもうピクニックを楽しみにしてましたとも!」

 ちゃんと楽しみですよ?

 そうですね。『私』だった時、血の繋がった両親と何処かに出掛けた記憶のかけらはありますが、私にはその時の記録はあっても感情の伴った記憶はありませんし。『前』の人生では両親の記憶がありませんからね。

 家族は、とても大事なんですよ?

「だから、ハーヴェストくんが明日を楽しみにしていてくれたのは、私とても嬉しいです。ないものねだりで拗ねてて恥ずかしいなぁんて思うくらいには」

 鑑定とよく気をまわせる繊細さと行動力は羨ましいよね。困ってそうな人に『お手伝いしますか?』って声をかけることに躊躇わない優しさもすごいと思う。

 私は、無理。

 助けようと思える相手は選んでしまう。

「本当なら僕はいない存在でしょう?」

「ここにいるでしょう?」

 ぎゅっと抱きしめると体温は感じるし、甘いドーナツの匂いが赤い髪にまとわりついていてお腹がすきます。

「それに、そんなことを言ってたらネアだってあんまり変わらないですよ。でも、ネアは死にたくない。生きていたい。人は簡単に生きることを手放せないものですからね」

「僕は招ばれた目的を達成しなきゃいけない。なのに、なにを救ければいいのかもわからない。君は僕をいらないと言うし」

 ん?

「別にハーヴェストくんはいらなくないですよ?」

 たすけてほしいと思ってないだけで。

「そもそも『助け』ってなんですか。今、ネアは楽しく生きてますよ?」

 弟くんの背中を軽くぽんぽんします。

「ハーヴェストくんは、前にいた場所で死んだのですか?」

 びくっと身体が震えます。こわかったのかなぁ。

「いつも、みたいに呼ばれて行ったら……。気がついたら迷宮の中で。身体は今のものに変わってた」

 は?

 恐怖体験?

 ぼそっと「死んじゃったのかな。そういえば子供に呼ばれていたような?」とか言わないで、って子持ち?

 えっと。

「術の条件を満たせば元の世界にかえることができるとか? 私の前の記憶で紛れ込んだ世界ではそう言われましたよ? 『九割で三日以内で死ぬけど座標は見つけた。帰るか?』って。帰りませんでしたけど」

「それ、ちょっと帰りたくないね」

 でしょう?

 私はネアを生きる前の人生で生きることに貪欲になったのです。

 きっと、私も生きていたいから私を記憶の奥から起こしたのか、それとも……引きずり込んだのか。でもきっと生きていたいからだし、奥の方で隠れているけれど、覗いているのがわかってます。

「前の生きた場所から切り離された私には前の場所に干渉する手段はないです」

 欲しいものもなくしてたものもわからないはじまりの記憶。はじめて欲しいものがあると「死にたくない」と私が知ったのは前を生きた異世界でした。

「たすけてはほしくないんだろう?」

「まず、自分で出来ることをして間に合わないなら頼むかもしれません。でも、ピクニックを楽しみにしている弟とならちゃんと家族になれると思うのです。私は血の繋がった家族をあまり記憶に残していません。今も前もそうです。マコモお母さんはあまりにも私優先で弟くんをまだ警戒しているようですが、それは弟くんの躊躇いも考慮しているんだと思うんですよね」

 ですから。

「家族になりましょう。隠し事も秘密もあっていいです。私もマコモお母さんがどういう人か知りません。ただの娘溺愛の暴走しやすいお母さんです。……普通のお母さんってそういうものですか?」

 私、対比対象がいまいちなくてよくわからないんです。

「隠しごと、いいんだ」

 人は全知全能ではないので意図しない隠し事や秘密はいっぱいあるし、それゆえにうまくいくことだっていくつもありますよ。

 私が迷宮管理人なのは秘密ですからね!

「異世界から招かれし救済者さまにはご不満ですか?」

「やめて。恥ずかしいからその名称」

「お返事ください。弟くん。弟くんはマコモお母さんの激重愛に耐えられますか?」

「自信はないけど、マコモお母さんは好きだよ。で、その弟くんって呼び方はなに? 姉さん」

 は!

 しまった!

 心の中の呼び方が、つい口に!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る