第11話 クノシーの錬金術師

 私はネア・マーカス。

 ティクサーからの被災者ということになりますがこの王都との中継の町クノシーの方がひどい被災地でした。

「大変だったわねぇ。タガネちゃんとアッファスはご用事お片付けだからネアちゃんはアたしと一緒にいましょうね。それにしても三年もたつと子供って大きくなるわねぇ。お水使ってキレイキレイしたらリエリーには小さくなっちゃった古着を出してあげるわー。さーぁ、こっちへいらっしゃい」

 ふわりとしたブラウンヘア。すらりとした体にまとうのはじゃらりとした飾りの多いローブスタイルのルチルさん。爪と唇の赤さが印象的だ。あと厚底のブーツとサンダルの合いの子のような履き物が気になる。荒れた場所を歩くにはいいのかもしれない。

「ルチル・ハインツよ。元はティクサーに住んでいたんだけど、ネアちゃん小さかったもんねぇ」

 ふっと記憶によぎるのは。

「ハインツ錬金工房……?」

 どこかなめらかなまるっぽい建築物はティクサーでも珍しくまぁるい窓から覗く空き家の奥は広かった。グレックお父さんが良い錬金工房だったと言っていたし、リリーお姉ちゃん。よくアッファスお兄ちゃんと一緒に遊んでくれたお姉ちゃんのおうちだと教えてくれ……た。リエリー?

「そう、そうよ! ティクサーでは素材が集め難くなっちゃって、店を畳むハメになっちゃったのよぉ。まぁこの町も似たっり寄ったりなんだけどね」

 私が覚えていることか知っていることが嬉しかったのか笑顔でぱちりと手を合わせた。

 ルチルさんはなにかと動きが大振りだ。

 リリーお姉ちゃんのきょうだい?


 リリーお姉ちゃんは正しくはリエリーお姉ちゃんというらしいです。

 錬金工房の居住空間に連れてこられた私は桶にためたお湯と目の荒い布で旅の汚れを落とします。

「ネアちゃん、置いてある着替え使ってね」

 ルチルさんの用意してくれた着替えは記憶の中のリリーお姉ちゃんの服でした。かわいくて動きやすいです。

 新しいパンツ。肌着。短いワンピースは膝上。それにくるぶしまであるズボンをあわせるようだ。

「ネアちゃん、着れたー?」

 パンツをはいて肌着をかぶっている途中でルチルさんの乱入である。

 ほわっと驚いているうちになにかすぅっとするクリーム状のものを肌に塗りつけられた。

「回復軟膏、塗っときましょうね。治りが早いからって子供の肌に傷がつくのはよくないわ。治りの速度、栄養状態にもよるし、旅なんて慣れてないでしょう?」

 最終ブラッシング込みで髪まで塗りこめられました。艶々なめらかのできあがりです。

 ワンピースとズボンを身につけると大きな襟のコートを差し出して「これで出来上がり」とルチルさん満足げ。

「もらってね。あとコレも」

 手に回復軟膏の容器を握らせられた。

 閑散とした工房内を見回す私にルチルさんは笑う。

「なぁんにもないでしょ。なにせお師様が持てるだけ持ってより被害と人口の多い王都に向かっちゃったからね。新しく錬金術で薬品や便利品を作ろうにも素材がないってね。あー、もうどうしようかなってとこだったのよ」

 空っぽの棚、がらんとした工房内を手振りで示してくれる。

「お薬……」

「うん。お薬を作る素材も採りにいけないのよ」

「ちょっとなら薬草、えっと、ギルドの素材引き取りに合わない物だけどある、よ?」

「買うわ」

 ひゅっと素早く寄ってきたルチルさんが力強く私の手をとる。

「お洋服のお礼」

「あら、いい子。でも子供がそんなこと気にしないでいいのよ? あら、気になるのね。じゃあ靴もつけるわね」

「貰いすぎ」

「あら、処分品だもの。こちらが申し訳ないくらいよ」

 ルチルさんは嘘つきだと思う。

 でも私は子供だし、勢いよく押しきるつもりのルチルさんに折れるしかなかった。

 規定の長さに足りない薬草たち。サラダや焼き物になる運命から逃れた薬草たちである。

「あー、マコモさんの荷物袋ステキ。大丈夫。使える。こっちの葉っぱは最近増えている蔓系植物ね。なにか使えるかもだからコレもいいかしら?」

 回復草、麻痺草、魔力草、香草少々、葛にエリアボス蛇から貰った林檎。胡桃、莢付豆。道中見つけた薮イチゴと枯木茸。

「あ。薔薇の実ね。ステキだわ」

 出した物を確認しながらルチルさんはにこにこ頷く。

「やったわ。最低限の薬品をつくれるわ。どこまで買い取ればいいかしら?」

「お洋服と靴代」

 はっきり言って洋服は高いものだから足りていないはずだ。

「んー、薔薇の実はけっこう高級なものよ? あとアッファスがいると言っても旅にはお金を稼ぐ必要があって初期費用がかなりかかるの。ネアちゃん個人でも王都の安宿一泊分とご飯代は持っておくべきだと思うのよ?」

「でも、ルチルさんが損をするのは違うと思うの」

 だって昔知っている人間であるといっても他人である。そこまで親切にされる理由がわからない。

「ああ、なるほど」

 ポンとルチルさんが手をうって、にこにこしている。

「あのね、アたしは近くティクサーに帰るの。帰ればマコモさんと付き合いたいの。彼女の作る魔法道具はすっごく高品質で便利よ。アたしの職業の錬金術も魔法道具をつくるような物だけど、ちょっとジャンルがズレているのね。アたしからの支援はマコモさんとの友好関係を築くための先行投資なの。マコモさんネアちゃん大好きだものネ」

 バチンと片目を閉じてみせるルチルさん。

 いいんだろうか?

「受け取っとけ受け取っとけ。現状薬草も超貴重なんだろ?」

「あーら、タガネちゃんたまにはマトモね。タガネちゃんは宿代になにくれるのかしらん?」


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