第6話 転機

 彼女の名前はバティーナ・ハーガスというらしい。

 ティクサーの町を守るために天職である『迷宮守護者』の力を使った尼僧長様である。

 迷宮関係の天職って数あるの?


【ありますね。『迷宮守護者』の天職で町を守るとはなかなか珍しい使い方です。見込みがありますね】


 天職の声さんがどうやら感心しているようです。

 尼僧長様にも声掛け唆しをしていたのでしょうか?


【彼女の現状はティクサー薬草園の迷宮核に憑依した守護霊、もしくはレイス未満の守護者というところです】


 唆していたのかどうかは不明です。

「レイスって死者?」

 ゴーストより判断力や行動力が高い幽霊、亡霊系魔物だったはず。


【はい。ティクサー薬草園の迷宮核の力を引き出して街を守るためには相応の生命力魔力を捧げる必要があります。無垢な祈りだけでは足りません。魔物核に自身の生命魔力をかけて成功する結界法です。あと、迷宮管理者によって迷宮核が存在していたことで他の生命を贄にせずに済んだようですね】


 こわっ!


『あら。ネア。どうしたのかしら?』


 ふわりと迷宮核にかぶるように透けた黒衣の女性、尼僧長様が微笑み、表情を消したと思えばその自身の手をまじまじと見ていた。透けたその手を。

『あら。私死んだのね』

 彼女の言葉はひどくかろやかだった。

「尼僧長様」

『あら。あらあらあら。そう。私、迷宮守護者になっているのねぇ。それでネアが私のアルジね。ええ、ええ。私はティクサーの町の尼僧長バティーナだった者。もちろんアルジが新たな呼び名を定めなさい』

 尼僧長様は朗らかに状況を理解し、にこりと笑い、わざわざ表情を消して私を見据えて要求した。


【薬草園の守護者として呼称を与えると可能作業範囲が増えます。エリアボス蛇のように】


 エリアボス蛇は名前じゃないから!


【変更は可能です】


 あ、変更可能なんだ。よかった。

「えっと」

『はい』

「園長バティで。ティクサー薬草園の迷宮核だから」

『承りました。主人様。主人様に質問を許可願えますか?』

「はい」

 なんだかひどく居心地が悪い。尼僧長様は私にとって恩人で教育者のひとりだから。

『主人様は町の迷宮をどのように育てるおつもりでしょうか?』

 育てる?

 迷宮って育てるもの?

 深くは考えていないけどただ、しなくてはいけないと思っていることはある。

「汚染、環境劣悪。数年で壊死すると宣言された迷宮跡の回収保全かなぁ。薬草園は普通に薬草園として町の役にたてばいいなぁって」

 森も豊かになればいいなぁってしか思ってないし鉱山や地底湖なんて壊死させたくないだけでどうしたらいいのかなんてわからない。

 近くの迷宮跡が壊死すればこの町が無事であれるとは思えない。五年間育ったこの町を維持したいから。

 園長バティがすこし困ったように微笑んだ。

『良い薬草園とはどのようなものか、よい迷宮とはどのようなものか主人様はまだ見聞が足りませんね。アッファスと結界の外で過ごすことはきっとよい経験になるでしょう。町のことはご心配なく』


【守護者として『薬草園』と『森』のつながりを把握したようですね。現在の能力値的に距離がひらくと迷宮の支配はできません。支配済みの迷宮には条件付きで干渉できます】


 森に虫系魔物を放ち、果樹や薬草、建材用の樹木を森の迷宮核の守護者に委託した。

 エリアボス蛇にもエリア管理を任せた。

 外部からの岩蜥蜴と笑鳥という魔物を狩った報告も受けた。

 生み出せるモノが増えている。

 姿は思い浮かばないなりに項目欄に名前が増えていく。それはすこしきみが悪い。

 横にはエリアボス蛇のコメント私が理解しているものはそれなりの解説。魔力を使い生み出すというかたち。理解が深ければかかる魔力コストは低い。


【現状の維持コストでは新規支配不可ですね】


 残念そうに天職の声さんがこぼす。

 侵入者、異物から回収する魔力。そして自然発生する魔力。大きく成長するには侵入者から魔力を回収する必要がある。

 今は迷宮の支配下にいない元の魔物や他所の暴走魔物がこぼした魔物の魔力で維持コストを維持できている。

 成長コストはとれない。

 結界をはるというコストを払っているから。

 天職の声さんが促すのは私自身の底上げ。

 元尼僧長様が促すのはモノを知ること。

 私は進まないといけないらしいです。

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