第44話 五番町の用心棒


 金槌を振り下ろす音が、そこら中でカンカンと響き渡る。


 世界がひっくり返るような大事件が終結しても、日々の暮らしは地続きだ。五番町は半壊した町を立て直すべく、日夜工事中であった。職人から素人までありとあらゆる住人が資材を運び、駆けずり回っている。


 八重もその一人だ。

 屋根にのぼっている八重は、釘を口にくわえながら、瞼まで垂れてきた汗をぬぐった。


「八重さーん、どうですか?」


 かけられた梯子の下から声が聞こえてくる。身を乗り出すと、寝ぼけまなこの織部があくびを漏らしながら見上げていた。


「吹っ飛んでたところは応急処置したから数日もつだろ。その間にちゃんとした大工を呼べ。……というか、おまえはなんで下でくつろいでるんだ? 自分ちの屋根だろ。主体性を持てよ」

「さらに昼夜逆転しちゃって今は夜型なんです。大体、屋根直してくれる約束だったんだからいいでしょ。あんたが散々先延ばしにするからですよ」

「ったく……」


 瓦一枚直してやる約束のはずが、なぜ屋根ごと作る羽目になっているのだろう。何かがおかしい気がする。八重はぶつぶつと文句を言いながらも金槌を振るう。


 一段落したところで腰をあげる。

 土と木材のにおいが漂う五番町は、かつての風景を失っているというのに相変わらず盛況だ。道端には木箱の上に商品を並べただけの出店が並び、休憩中の仕事人が立ち寄っていた。どれだけボロボロの大通りになっても笑い声は絶えない。


「今日も騒がしいことこの上ないな」


 陽光の眩しさに目を細めた。少しくたびれてしまったので、手でひさしを作りながらしばらく町を眺めていた。


 ――被害は決して小さいものではなかった。

 町は破壊され多くの住人が多くのものを失った。二度と元には戻らないし、替えもきかない。それでも歩みは止まることなく誰もが進み続けている。


 八重も守りたいもののために、一つ大切だったものを失ってしまった。

 だがそれでも日々は続く。

 そうやって生きていくしかないのだ――遥かまで続く永遠を。


「八重!」


 梯子が揺れて、チセが上がってきた。肩には祭もしがみついている。身軽に屋根の上へと乗り移った彼女は、器用にバランスを取りながら八重のそばまでやってきた。


「もうお昼だからおにぎり作ったよ。八重の分のご飯は残してるから、自分で握りに行ってね」


 八重はさりげなく視線を逸らした。


「あー……いや、おまえの作ったやつ、余りはあるか?」

「あるけど……いいの?」

「なんだよ、まずいのか?」

「んなわけないじゃん。最高品質だよ。塩加減がえぐい」


 そうじゃなくて、とチセは首を振った。言わんとしていることは分かっているので、八重は肩をすくめた。


「何事も挑戦だろ」

「…………吐かれたらやだから、私の見てないとこで食べてよ」

「信用がゼロだな」


 吹く風が心地よいので、二人と一匹は屋根の上で涼む。

 穏やかな日常だ。


「――ん?」


 それを打ち破るように、遠くで破裂音が響き渡った。


「………………」

「………………」


 盛大な花火でもあげたように火が飛んだ。抜けるような青空にもくもくと立ちのぼるのは灰色の煙だ。

 無言で見守ることになった八重たちは、半笑いのまま固まった。


「なんか、今、爆発しかなかった……?」

「……見てない。俺は何も見ていない」

「なんで今現実逃避するの⁉ だいぶ無理があるよね⁉」


 一瞬でも、穏やかな日常などと思った自分が愚かだった。

 五番町は大抵、馬鹿騒ぎをしているのだ。


「真昼間から元気なやつらだなあ!」


 さっそく仕事が舞い込んできた。

 いちいち梯子を使うのも面倒で、屋根から飛び降りた。結い上げた銀髪がたなびいて宙を舞った。軽やかに着地してから腕を伸ばす。チセはにやっと笑い、祭を抱き上げるとためらいなく踏み切った。


 空から降ってきた彼女たちを抱きとめて、地面に下ろす。

 走り出したのは全員同時だ。


「行くぞ!」


 愉快な日々は続く。

 五番町の用心棒はうつむく顔を上げて、晴れやかに笑った。

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五番町の用心棒 月花 @yuzuki_flower

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