第38話 開幕する最終決戦
これで全員の目的が一致した。
町中に散っていた巫女衆も集まり、警邏隊も数十人が並んだ。一番町からもわずかに戦力が送られているようだ。いつの間に手を回したのか、八重が家に置いてきてしまった槍も回収されて手元に戻ってきた。するりと撫でて握る。
「さあ、最終決戦といこう」
桂木は大きく腕を振るう。
「目標は円月城天守。三十分でカタをつける! 総員、攻撃開始!」
群衆から「おう!」と声が波打った。
円月城は空高くそびえ建っているが、近づくにはまずは城門をくぐらなければならない。だが昼夜問わず常に固く閉ざされている門は、それだけでも三メートル近い大きさを誇っている。押し開けていては時間がかかって仕方がない。
どうするか、と八重たちが首を逸らして見上げていると、桜が一歩前に進み出た。
「僭越ながら、ここはわたくしが」
彼女は腰に手をやった。珍しく太刀を携えていて、柄を握ると馴れた手つきで抜き放つ。
「おい、桜、まさかとは思うが――」
ふっと浮かべられた微笑はたおやかだ。
桜色の瞳が細められるのと、彼女の異能が発動されたのは同時だった。
黒髪が熱風に巻き上げられた。剣先から炎が灯り、波紋を伝うように赤い猛火が這い上がっていく。ごうごうと燃え上がった刀は目に眩しい。
炎刀を構えた桜は、足を踏み出したのと同時に振り下ろした。
亀裂が深々と刻まれる。剣先の触れたところから黒煙があがる。くるりと転回して足を組み替えた桜は、さらに二連撃。舞い上がった緋袴が白い足首を晒す。
焼け焦げた扉はやがて轟音を立てて崩れ去った。
「古来より、開かぬ扉は燃やせばよいと相場が決まっております」
「おまっ……、不敬って言葉も裸足で逃げ出す蛮行だぞ⁉ 久々におまえに引いたわ!」
城門の向こうには、城へ続く曲がり道が伸びている。だがそう簡単に敵の本拠地へ乗りこませてくれるはずもはずもなく、影の大群がうねるように進軍していた。
八重は槍の穂先を持ち上げた。チセも祭を槍に変化させて構えた。
「敵も数が多い。隊列を組んで一気に――!」
「まあ落ち着きなよ、八重。ここの指揮権は僕のものだ。勝手に取らないでもらえるかな?」
「前座はわたくしどもが務めます」
ずらりと並んだ戦闘員が一斉に武器を構えた。
桂木は「こんなところで消耗されちゃ困るよ、用心棒」と笑う。
「僕らが道を開く。八重と祭とチセさんは気にせず突っ走ればいい。あとは任せたよ」
トン、と背を押された。
前によろけて一歩足が出る。
そして駆けだした。振り返ることなく、ただ前だけを見て。深く息を吸って叫ぶ。
「――援護しろッ!」
「了解!」
槍の柄を盾にしながら突っこむ。ゆらゆらと寄ってたかる影の群れへ飛びこんだ。相手どるには厄介な数だが問題ない。
背後から弦音が連続した。
頭の上から何本もの矢の影が通り過ぎ、降り注いだ矢の束が無差別に切り裂いていく。前が開けた隙に駆け抜ける。チセもすぐさま後を追った。
「本当すっごいね。流れ矢で時々死にかけるのが玉にキズだけど」
「ちゃんと避けろよ。あいつら細かいことはあんまり考えてないからな。とりあえず全部やっとけばいいだろくらいにしか思っていないぞ」
「そんな雑な援護射撃ある? 味方にクリーンヒットした前科絶対あるでしょ⁉」
「安心しろ、死人に口はない」
「事故数ゼロの謎が解けちゃったなあ、私賢いから!」
冗談である。
石垣の上を駆けて入口へと接近する。守っているのは数体の影だ。飛び下りざまに斬り裂いて、軽やかに着地した。構えなおす暇もなく次がやってくる。が、背後から駆けてきた桜が太刀で仕留めた。一度背中合わせになってから互いの位置を入れ替える。
「残りは頼む」
「お任せください。ご武運を」
視線は前のまま、すれ違いざまに言葉だけ交わす。
城内は部屋も通路も配置がめちゃくちゃで、天井は首が痛くなるほど遠い。どこがどこに繋がっているかさっぱりで、まともに進んでいてはあっという間に迷ってしまうだろう。吹き抜けのようになっているから、見えている通路の手すりを掴みながら登っていくのが早そうだ。
外から転がりこむように戦闘を続けているのは、数人の警邏隊と椿だ。
「ちょうどいい、おまえの異能で上にあげてくれ!」
「私を便利に使うな! さっきから防御に力を割いているから、これ以上はつらい!」
椿も椿の仕事をしているのだ。
それもそうだな――と引き下がろうとしたとき、チセが素早くすり寄った。
「椿のカッコイイところ見たてみたいなあ。ねっ、お願い……?」
「ぐ……っ、そんなキラキラした目で私を見ないでください……」
「おまえ、本当上の立場には弱いのな」
椿は数個の種を蒔いて、異能を発動させた。幹と枝を伸ばしてむき出しの通路同士を繋げてしまう。八重がひらりと飛び乗って、チセも「さっすがあ!」と調子よく褒めて追ってきた。
「そういや絶対命令権は温存してあるだろうな」
「ばっちり。でも二回目には期待しないでね。下手すると発動すらしないと思う」
「そりゃいい荷物になりそうだ」
「流れっていつもの感じで――」
チセの言葉は言いかけのままぶつりと途切れた。
途方もなく高い天井から降ってきたのは漆黒の矢だ。単調な動きだが、今までに見たことのない攻撃で受けるのはためらわれた。
お互い飛びのいて避ける。
が、合図が遅れて真逆へ動いてしまった。しまった、と思ったときにはもう遅い。
「本命が来るぞ! 足場だ!」
「やばっ」
腕を伸ばしたが、届かない。
二人の間を縫うように激しい追撃。
太い幹が粉々に粉砕されてぐらりと揺れる。足元から崩れ始めて、これ以上はもたない。
八重は高く跳ねてさらに上へ、逆にチセは落下していく。
足場を失ったチセはまたしても宙を舞った。
「――祭、さっきのあれ!」
だが同じことで死にかけるほど抜けてはいない。
柄をやや伸ばして、壁に突き立てる。幸い通路はそこら中にあるから簡単に引っかかった。ひとまず落下を止めたチセは通路に飛び移るが、ずいぶん下へ逆戻りしてしまった。二十メートルは落ちただろう。
牽制の攻撃は今も続いている。
無防備なチセを狙うのかと思いきや、どうやら当てるつもりはなさそうだ。だがもし八重が飛びだせば一発で射抜かれるだろう。わずかに顔だけを出して様子を伺う。
「今のだけ、明らかに精度と威力が違うな……」
射線を辿れば真上、天井の向こうに行きつく。
「位置からしても淡雪か」
一撃目で互いの距離を取らせて、二撃目でその間を狙う。
狙いは単純――分断だ。
切り離されれば合流せざるを得ない。だがチセは格好の囮だ。助けに飛びこんできた八重を狙い撃ちにする気だろう。状況からすぐに分かることだが、放置するわけにもいかない。
やられた。
牽制が飛んでくるなか、八重は通路から身を乗り出した。
「待ってろ、今拾いに――」
「先に行って!」
通路に身をひそめるチセが声を張り上げた。何を、と言いかけたのも遮られる。
「戻ってきたら向こうの作戦通りじゃん! こっちは大丈夫だから八重だけでも先に行ってよ」
手すりを握りしめる手が汗ばんだ。
チセを置いていくか、それとも合流を優先するか。二つの案で揺れ動く。今までなら迷うことなくチセのもとへと戻っていたはずだ。守るべき者を置いて自分だけ進むなど万が一にもあり得ない。囮だと分かっていても構わず飛びこんでいた。けれど今は――。
生唾を飲みこむ。
攻撃はいまだ降り落ちてくる。最下層では剣戟と弦を引く音が鳴り響いている。
チセはすべて飲みこんだうえで不敵に笑った。
「すぐ追いつくから。絶対」
「…………信じるからな!」
八重は背を向けて走り出した。
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