第4章
第33話 一度あったことは二度ある
まどろむ意識が覚醒したのは、地面から突き上げる振動に全身が跳ねたからだ。
飛び起きた八重は無意識にチセと祭を探していた。さっと腕を伸ばして庇おうとする。しかし手に触れたのは祭の柔らかな毛だけで、昨夜そこにいたはずの彼女の姿はどこにもなかった。
「あいつ、結局自分の部屋で寝たのか。こんなときに限って大人しく帰りやがって!」
「きゅ……?」
祭は窓の向こうを見たまま首を傾げた。時計は朝の六時を示しているが、外は真っ暗闇で、光は一点も見えなかった。さっきの振動で時計が壊れたのかと思ったが、秒針は昨夜から一定のリズムで動き続けている。
おかしい――と勘付いたのは祭も同時だ。
祭は窓枠に飛び乗ると、短い前足だけをそろりと出した。ちょんとつつかれた暗闇は、空中のはずなのにゆらりと揺れて波紋が広がる。
「……影か!」
またしても影の中に閉じこめられているのだ。しかも今回は家をまるごとをやられている。
ただごとではないのは確かだ。ことはすでに動き出している。八重はごくりと生唾を飲みこんだ。淡雪が何か仕掛けてくることはわかっていたが、ここまで早いのは想定外である。まだ一日しか経っていない。
「まずいな。チセは今どこにいる?」
「キュ!」
耳をぴくりと動かした祭が、障子の隙間から飛びだした。素早く駆けていくのを追いかける。八重の自室は二階で、その三つ隣がチセの部屋だ。しかし祭は足をゆるめることもなく通り過ぎて階段を駆け下りた。
細長い廊下にぺたぺたと足音が鳴る。
縁側のガラス戸は開け放たれていて、その向こうにはチセがいた。
チセ、と呼び寄せようとして、彼女のすぐ隣に白装束の住人が立っていることに気が付いた。
「ここまで早く動きだすとは……。私の異能で影をすり抜けられたのは不幸中の幸いでした」
「もう飛べる? 急がないとね」
見覚えのある恰好、声――以前取り逃した一番町のテレポーターだ。「チセ!」と叫べば、彼女の肩は大きく跳ねた。
「そいつは一番町の追手だ! 触るなよ、転送させられる!」
「……っ!」
一応の休戦はしているはずだが、この事態でもまだ狙ってくるとは。八重は舌打ちととも手のひらを下に向ける。祭が槍に変わって八重の手に収まった。
小競り合いをしている場合ではないが、今はチセを助けなければ話にならない。槍を構えようと半歩下がる。腰を落としながら穂先をまっすぐ前に――。
「やめて!」
制したのはチセだった。
絶対命令権は使っていないはずだが、つい全身が固まってしまった。一瞬動きを止めた隙に、チセは自らテレポーターに触れて手首を握る。彼女は微笑んだ。
「私、一番町につくことにしたんだ」
意味が分からなければ、状況もまるで見えない。言葉を失っていると彼女はなおも続けた。
「急で悪いんだけど、これでもいろいろ考えた結果なんだよね」
「おまえ、今どんな状況か分かって」
「分かってるよ! こんなことになっちゃたし、これが一番丸く収まる形かなって。八重がやりたいようにするんだから私だってそうする。……だから五番町とはもうお別れ。八重ともバイバイだね。今までずっとありがと!」
「何を、言って」
冗談にしてはタチが悪すぎる。
八重はじりっと足を踏み出した。ひっかけた下駄が砂利の上を滑って音を立てた。チセを奪還するために行動しているはずなのに、その彼女は拒むように目つきを鋭くした。
「私はもう一番町の住人だよ!」
槍に添えた人差し指がびくっと跳ねて、それ以上動けない。
チセはゆるく首を傾げた。
「これで私と一緒にいてくれる理由、もうないよね?」
捨て台詞はずいぶんあっさりしたものだが、八重を釘付けにするには充分だ。チセは右手をひらひらと振りながら光となって宙に消えた。
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