第27話 戦争だよ、全員集合(3)
最前線は正門で、激しい砲撃が続いている。籠城という強みを活かしながら武器でアドバンテージを取る一番町と、異能の強さで攻める五番町という力比べの構図だ。
戦力の集中する正門を破るのは最難関だ。
一方で側面や背後にも武器が配備されていて、どこから攻めるにしても足踏みは必至。そうこうしているうちに正門での被害は増えていく。
一番町は近づいてくる敵を砲撃し、弾幕を張ることによって少しずつ削ることができる。
町中での防御線ですでに戦力は充分に削った。ここで隊を二手に分けて挟み撃ちにしようとすれば、どちらの火力も中途半端になるから、ますます崩しやすくなるだけだ。
研究所内はいたって平和であった。
司令官は椅子にゆったりと腰掛けながら、余裕の表情で戦況を見守っていた。
「――報告!」
「なんだ」
そんな中、指令室に飛びこんできた男は青い顔で外を指さす。
「敵部隊、数およそ二十が突如内部に現れました!」
青天の霹靂。司令官は椅子を蹴り飛ばしながら立ち上がる。砲撃の振動で足元がぐらりと揺れる。机に手を付きながら、司令官は肩を震わせた。
「な……城門はどこも完璧に押さえているはずだ! 一体どこから!?」
「それが――」
研究所内、一階の側面。
宙を舞う土煙にけほっと咳きこんだ八重は、槍をかついだ。
「地上が駄目なら地下に道を作る。こんなのは常套手段だろ」
通路にぽっかりと開いた穴から、ぞろぞろと警邏隊が這い上がってきた。
二点の攻撃――誰もが考え、誰もが警戒する戦術である。
とはいえ、すでに人数を削られた五番町がまともに裏門から攻めたところで、返り討ちにあう可能性が高い。だからこそ敵に知られることなく、内部へ侵入しなければならない。
八重たちは研究所から遠く離れた場所から行動を開始した。
町中で土を操ってみせた巫女に、即席のトンネルを掘らせて地下道を作る。衝撃音は大砲の音にまぎれて聞こえなくなる。
正門で宣戦布告したのもこの作戦のためだ。
あのときすでに戦闘は始まっていた――つまり正式な宣戦布告など挑発でしかないのだ。
敵の反感を煽ることによって正門に火力を集中させ、砲撃の地響きを誘発させる。衝撃を利用しながらこちらも異能を使い、再び奇襲を仕掛けたのだ。
八重はにやにやと笑みを浮かべながらチセを見やる。
「そういう意味でおまえの煽りは最高だったなあ。大砲に着火するまで一瞬だったぞ」
「でしょ! めっちゃ怒ってたもんねえ」
「だがおまえには後で説教だ。覚えとけよ」
しくしく泣き真似をしているチセは放置して、異能で穴を埋めている巫女に声をかける。
「おまえが一番の功労者だな。急な作戦なのにいい動きだったよ、助かった」
「いえいえ、八重様のお役に立てたなら何よりです! あのとき助けていただいた御恩はしっかり返しますよ!」
両手を握りしめる彼女は、以前の分所襲撃の際、足に毒矢を受けた巫女である。
毒が回りきる前に治療をすることができ、大事には至らなかったようだ。矢の傷も治癒の異能によって、ある程度は治してもらえたらしい。「もう走ってもいいのか?」と訊くと、彼女はその場でぴょんぴょんと跳ねてみせた。
「名前は?」
「向日葵です!」
向日葵、と声に出さず繰り返す。なるほど似合うな――と心の中だけで思った。
巫女衆に属する女たちは桂木から新しい名前を与えられる。組織の一体感が、だとかなんとか言っていたような気もするが、つまるところ彼の遊びだ。趣味の悪い仕組みだがセンスは悪くない。
ねぎらうように軽く背を叩いてから、全体をぐるりと見回した。
「内側から挟み撃ちにして正門を落とすぞ!」
おおー、と拳が突き上げられた。
八重の率いる第二部隊は、警邏隊を中心に編成された分隊だ。異能そのものは役にたったりたたなかったりだが、武器の扱いには手馴れていた。背後から近接戦を仕掛けて開門させ、主力部隊である桜たちを中に引き入れるのが役割だ。
八重たちは通路を駆けだした。
敵はちらりとも姿を見せない。一番町の戦力は正門に集中していて、すべて外からの攻撃を守るために配置されていた。いきなり内部に侵入されることは想定外なのだ。
「今のうちに正門へ急げ!」
時間との勝負であることに変わりはない。早くしなければ正門での被害が増えるばかりだ。他の部屋は無視して真っ直ぐに駆け抜ける。足音がバタバタと響いて、泥のついた足跡がそこら中に散らばっていく。
「――?」
プツ、と音がした。
足音に混ざってかすかだが、耳障りな雑音だ。八重はゆっくりと足を止める。
「……今、何か聞こえなかったか?」
「聞こえた。ノイズみたいなやつ」
チセは天井を指さす。金属製の何かが埋めこまれていて、八重たちを見下ろしていた。よく見れば通路の先まで等間隔に並んでいる。
「なんだ……?」
槍を伸ばしてつついても落ちてこない。首を傾げていると、チセが「あっ」と声を上げた。
「スピーカーじゃない? 館内放送するための」
「館内放送?」
「どこかにマイクがあって、それに向かって喋った声が、あのスピーカーから一斉に流れるの。電話の一方通行みたいな」
そうこうしているうちにノイズが大きくなってきて、不協和音のように耳についた。うっと顔を歪めながら耳を塞ぐが音は止まない。やがて雑音の中に人の声が混じり始めた。
「こちら一番町、こちら一番町」
くぐもった声からは男であることしか分からない。音声は途切れ途切れだ。思わず全員が耳をそばだて――うっかり聞いてしまう。
敵からの言葉に耳を貸してしまう。
それは悪手に他ならない。
「我々は五番町に百名の隊を差し向けた。五番町に到着次第、攻撃を開始する!」
「……ッ⁉」
次の瞬間、全身に鳥肌が立っていた。わずかに開いた唇を閉じることができない。
どこかでガシャンと剣が床に落ちる音が響いて、それがますます動揺を助長した。
「繰り返す。我々は五番町に百名の隊を差し向けた――」
声明は続く。槍を握る手に力が入る。
通信は同じ言葉を何度も繰り返し、やがてプツンと途絶えた。それきり声は聞こえなくなってしまって、残されたのは棒立ちの八重たちだけだ。
敵が、町に。
長い沈黙が流れて、ようやく上がったのは「どうしよう」という呟きだ。誰のものとも分からないそれは、静かすぎる通路によく響いた。次第に隣同士の囁き声がざわめきへと変わり、不安は風船のようによく膨らんだ。
五番町の戦力はこの場に集結している。町はほとんど空っぽといっても過言ではない。
もし今、敵戦力をぶつけられれば――結果は火を見るよりも明らかだ。
向日葵は振り返った。
「八重様、隊を分けますか!?」
「……いや、駄目だ! 敵の情報だぞ、うのみにできるか!」
すぐさま否定。かぶりを振る。
「大体、一番町の少ない戦力でうちを攻めるのは非合理的だ。はったりの可能性が高すぎる!」
冷静に考えればすぐに分かることだ。
五番町が戦力を集めているのだから、一番町も分隊を編成する余裕などあるはずもない。向日葵は頷いたが、しかし警邏隊からはか細い声があがる。
「でももし、本当だったら……?」
押し殺したような声。
小さく舌打ちをした。こうなるのも当然だ。
敵からの情報を聞いてしまった時点で負けなのだ。
本当であろうと嘘であろうと真偽を確かめる術はなく、動揺だけが生まれてしまう。一度はやりすごせても、いつまでも心のしこりになって士気が落ちる。
何とかして落ち着かせなければ――八重は声を張り上げる。
「お前のとこ、通信できる奴いたよな!? 今どこだ」
「あの子、正門なんです。しかもこの距離じゃ多分無理です! ある程度近づかないとテレパスできないって前に言ってました!」
「あの音量じゃ外には聞こえていない。せめてその巫女にさえ伝われば連絡を取れるが……」
「数人だけで向いますか? 二人くらいなら何とかなるかも」
「この中に要塞から脱出して、あげくにもう一回侵入なんて芸当できる奴がいるのか?」
仮にいたとしても向日葵くらいだろう。だがその彼女は貴重な防御担当であり、離脱させるにはあまりにも惜しい人材だ。
砲撃の振動はまた続く。天井から破片がぱらぱら降ってくる。
八重は片手で口元を覆った。頭を回す。必死に考える。
はったりの可能性がどれだけ高くても、完全に否定することなどできない。どちらにしても根拠がないのだ。万が一がある以上手を打たざるを得ない。
「くそ……!」
冷静だ、冷静のつもりだ。それでも心拍数が上がっていく。首にじわりと汗が滲む。
何度も言い聞かせているうち、ふと課された役割を思い出していた。
――自分は五番町の用心棒である。
一番町を攻略できようが、自分の町を守ることができなければ意味がないのだ。
吸った息を吐き出せない。
はめられた足枷の重さを感じる。冷静になどなれるはずがない。一つ間違えれば守るべきものがあっけなく踏みにじられてしまう。守らなければならない、何としてでも。
結局、誰よりも揺れ動いているのは八重だ。
そうなると手は一つしか残っていない。唇を噛んで決断する。
「……っ、向日葵と予備で二人、外に」
両手をきつく握ったままで言いかける。だが遮るようにすっと手が上がった。
「ね、ちょっといい?」
人混みの中でちょんと背伸びしているチセは、先生にあてられるのを待つみたいに、真っ直ぐに手を上げていた。つられて「……チセ」と指名すると、彼女は「はい!」と元気に答えた。
「戦力とかそういうのは全然分かんないんだけどさ、五番町には桂木さんがいるんだよね」
「ああ、そりゃあ……まあ」
「じゃあ大丈夫じゃない? だって桂木さんだし」
チセはあっけらかんとした顔で言い切った。続く言葉はなく、それで充分だとでも言いたげな表情だ。
誰もがぽかんとしていた。
彼女の言わんとしていることは一つ――桂木が自分でどうにかする。
桂木は自分のもとに数人の巫女を残している。戦力がないわけではないが、それでどうにかなるとも思えない。ちらりと向日葵を見ると、彼女もすっかり黙りこんでいた。
そりゃあそうだ、と八重は肩をすくめた。ここは八重がバシッと言ってやるべきだろう。
「おまえ、さすがにそれは暴論――」
「……そうですよね! 私もそう思います! 桂木様ですもんね!」
「マジかよ」
いいのかそれで、本当に。
八重は声を大にして問い詰めたかったが、寸前のところで飲みこんだ。
状況は上手いこと傾き始めている。今水をさしたら終わりだ。
とはいえ桂木への信頼が想像以上に大きくて、なぜだか背筋がぞっとしてしまった。あの男を信用しろと言われても、八重なら五十円しか賭けられないだろう。
調子を取り戻した向日葵が「みなさん!」と呼びかけた。
「大丈夫です、本作戦では桂木様が指揮を取っています! 私たちは私たちの仕事をして、良い知らせを持ち帰りましょう!」
「お、おおー!」
「正門落としますよ! それで全部まるっと解決です!」
「おおー!」
何がどうなったのか分からないが、綺麗に解決してしまった。
向日葵がきらきらと輝く目で見てくるので、八重は大げさに咳払いをした。
「速攻で片付けるぞ!」
片手をつき上げれば全員が大声で応じる。
方針は定まった。敵の情報がどうであれまずは開門させて外と連絡を取る。主力部隊には通信ができる巫女がいるから、彼女の異能を使えば五番町の状況も分かる。
つまり八重たちはいち早く正門へ馳せ参じなければならい。
向日葵が先陣を切って、八重がしんがりだ。前が駆けだすのを見ながらそばに立っていたチセの肩を軽く叩いた。
「チセ」
「うん?」
「おまえすごいな」
それだけ言って走りだす。
チセは瞬きを繰り返していたが、やがて意味を理解し、柔らかくはにかんだ。
「なんたって用心棒の居候だからね!」
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