第13話 肉も焼けない用心棒(2)


 八重の仕事は近場で済むものがほとんどだ。力仕事や子守、たまに勉強を教えてやったりするくらいである。だがごくまれに用心棒らしい仕事が舞いこんでくることがあり、それが今日だ。


 日は真上に浮かんでいる。八重は眩しさに目を細めながら隣を歩くチセに視線を向けた。


「言っとくがおまえ、余計なことはするなよ。留守番よりマシだから連れていくだけだからな」

「えー。せっかく手伝えると思ったのに。危ないときは私が止まってって言ってあげるよ?」

「見境がなさすぎて俺まで動けなくなるだろうが」

「でも桂木さんは練習すれば制御できるって言ってたし。この前のは暴発しただけだって」

「……そう言うから家で試して、欠乏症で二度目の失神かました奴は誰だ?」

「うーん、誰だろうねえ。八重じゃない?」


 チセは他人事のように返した。顔を背けて、口笛を吹く真似をしている。


 どれだけ異能を使えば欠乏症になるのかは個人差がある。

 チセの場合は一度の発動で失神までいってしまうから相当燃費が悪いようだ。


 一昨日、試しで一言発動したきり、庭でひっくり返ったときは心臓がバクバクしてしまった。そこから完全回復するまで丸一日寝こんだので、「非常時以外は使うな」と言い渡すに至ったのだ。


 チセは納得いかないのか「でもさあ」と食い下がってくる。


「八重が危ないときって、それもう非常時じゃん」

「……もし今日やらかしたら、その場で俺の血を飲ませて治すからな」

「えっやだよ、なんで⁉」

「行動不能な奴抱えて槍を振り回せるわけないだろ! いいから分かったな⁉」

「うわーん、八重が私に酷いこと言ってくる」


 祭が抗議するように鳴いた。祭は徹底的にチセの味方であった。


 大通りをまっすぐに突き進んでいく。途中、焼きたての団子の匂いにつられたチセと祭が、ふらふら屋台へ吸いこまれていったので、仕方なく一本ずつ買ってやった。

 小銭をがま口にしまいながら、八重はやや声を潜めて言った。


「それと、桂木の言うことを信用しすぎるなよ。あれでも軍事力で五番町を仕切る支配者だ。おまえのことも最高の手駒だと思っている節がある」


 串ごと口にくわえたままのチセはもぐもぐと口を動かしている。最後の一個を飲みこんだ彼女は、悩ましげに首を傾けた。


「それは薄々分かってたけどさあ……。でも桂木さんだって悪い人じゃないと思うけど」

「桂木のやってきたことを聞いたら、さすがのおまえでも引くぞ。あいつは自分の異能を使って人の力を暴いて弱みににつけこんだあげく、いいように使う天才だからな」


 彼の暴挙を一つ一つ数え上げればきりがないし、うんざりしてくるので途中でやめた。


「あいつに倫理観とか人間性みたいなものを求めるなよ。すべてが無駄だ。夜空のお星様にでも祈ってた方が幾分マシだろ」

「八重もまあまあ酷いこと言うよね」


 彼女はばっさりと切り捨てた。串をごみ箱に向かって放り投げる。


「だったら八重も桂木さんに丸めこまれた感じ?」

「まあ……そうだな。俺はあいつと契りを結ばされて、用心棒なんかをやる羽目になった」

「契りって?」

「住人同士で約束を交わすことだ」


 チセはきょとんとした目で見てくる。八重は「ああ……」と短く呟いた。


「ここで言う契りってのは、ただの約束じゃない。女王の名のもとに誓いあい、どちらかが破れば女王から重い罰がくだる契約だ。契りを結べるのは互いに同意したときだけで、破棄するのにも同意がいる。内容は自由で、利益が偏っていても問題はない」

「つまり、例えば桂木さんしか得をしない契りでもいいってこと?」

「そうなる。ちなみに桂木が俺に要求したのは、十年間、俺が五番町の用心棒として働くことだ。ちょうど今年が十年目だよ。ったく、最後の最後に面倒なやつが来やがった」

「こっちガン見しながら言うのやめてよ。ごめんって」

「どこからが契りに抵触するのかは女王の一存だ。なんにせよ、疑わしい行動はしないことに尽きるし、そもそも契りなんて結ばないに限る。おまえも迂闊に結ぶなよ。最悪死ぬまで円月城の地下牢に繋がれるからな」


 彼女は「はあい」と呑気に返事をした。


「そうだ、今度桂木に会ったら、あいつの左袖をめくってみろ」

「……?」

「契りを結んだもの同士は、身体のどこかに同じ柄の契約印が出る。印は住人それぞれに割り当てられた柄があって、力の強い方の柄が刻まれると言われている。……桂木の場合、腕中にあいつの紋があるからな。ぞっとするぞ」


 八重は短く笑った。五十以上の紋を刻んでいるのは、他の町を探しても桂木くらいしか見つからないだろう。

 どれほど自分に優位に契りを結んだとしても、大きすぎるリスクに身を晒していることには変わらず、それでも契り続ける桂木はいっそ狂気的でもある。


 町内会の老人たちが「あいつは頭か性根がどうかしている」と嘆くのも間違いなかった。


 桂木と言えば――と最後に会ったときのことを思い出した。チセの誘拐事件が片付き、桂木邸に出向いたときだ。


 ――あの子のこと、気をつけて見ていてね。


 彼は八重に耳打ちするように言った。


 ――門をくぐってやってきた迷い子が女王の候補者なんて前例がない。そのうえ記憶喪失なんて言われたら、彼女の過去すら分からない。疑うわけじゃないけど、何か隠している可能性も考えられなくはないからね。


 僕の杞憂ならそれでいいけれど、と彼はいつものように微笑んでいた。


 気に食わないが、桂木の言うことはもっともではあった。チセは世界の命運すら左右しかねない立場を手に入れてしまったのだ。彼女の正体を無視はできない。用心棒としてチセを守る一方で、五番町のために彼女を見極めなければならないのだ。


「…………暑いな」


 チセたちはいつの間にか駆けだしている。八重は道の向こうを見やりながらぼやいた。

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