第10話 誘拐ラウンド2(5)

 するりと槍を持ちかえて大きく踏み出す。敵はじりじりと後退していくが、逃がすつもりは毛頭ない。


 一気に距離を詰めた。短く息を吸って、勢いに乗せて槍を振るう。流れるような足さばきで回転。背後にも一撃入れる。


 格の違いすら感じさせる流麗な動きだった。


 鮮やかなまでの逆転劇に、敵もいよいよ背を向け始めた。目の前まで迫ってくる八重に怖気づいた一人が慌てて走り去ろうとするが、柄の端で引っかけて転ばせる。


 立ち上がろうとする敵に向かって、すぐさま槍を振り下ろした。鋭い切っ先が髪の間に突き刺さる。


「逃げるなよ、寂しいだろ」


 わざとらしく目を細めた。「さっきまでの礼もまだだからな」と付け加えれば、こくこくと謎の頷きだけが返ってきた。


 槍を引き抜いて次へ向かう。一人、また一人となぎ倒していく。


 建物の外にいた者はすべて片付けたはずだ。深呼吸して、今度は建物内に目を向けた。地を蹴ろうとした瞬間、チセの「あ!」という声に思わずすっころびそうになった。


「なんだ⁉」

「今、人が消えた! 三人!」


 チセが指さした先には誰もいない。八重は勢いよく後ろを振り向いた。そういえば最初に気絶させたはずのテレポーターの姿もない。いつの間にか目を覚まして、近くに倒れていた二人と一緒に転移してしまったらしい。


「しまった……!」


 八重は愕然とした顔で固まった。単純すぎるミスだ。転移など最も警戒しなければならないはずが、チセのことばかり気にしていたから、うっかり頭から抜け落ちていたのだ。

 これでは敵側に情報が筒抜けになってしまう。帰ったら桂木のことを責め立ててやるつもりだったが、どうやら大人しくしていた方が良さそうだ。


「あー、くっそ。厄日だ。今日はもう何もしたくない」


 髪をかき乱すと、ずかずかと早歩きで戻ってチセの腕を掴んだ。「今度は何⁉」と言う彼女を引っ張りながら、建物の中へと突入した。


「おまえ、さっきのもう一回できたりしないか?」

「さっきのって?」

「動くなって言ってみろ」

「動くな……?」


 困惑気味の声が間抜けに響くだけだった。あの跪きたくなるような威圧感は欠片もない。「やる気が感じられない」と返せば、彼女に「ちょっとでいいから、私の気持ちになってもらっていい?」と至極真っ当なことを言われた。


 建物内に取り残されたのは数人だ。死角から襲いかかってくる者、物陰に隠れてやり過ごそうとしている者、もはや真正面からただ突っこんできた者、全員を平等に気絶させていく。

 片腕を掴まれたまま振り回されているチセは、わあわあと悲鳴を上げているが、長い槍が刺さることはなかった。


 ことは数分だ。すべて片付くころには、チセは膝に手を付きながらぜえぜえと呼吸していた。


「終わったぞ」

「な、なんか、私のときよりめちゃくちゃ動いてなかった……?」

「当然だろ。俺はオートを切ってる」


 八重は手元で槍を遊ばせながら言った。チセがわけの分からなさそうな顔をしていたので、「祭には身体をいじらせていない」と説明を付け加えた。


 つまり祭はただの槍として握られていただけで、動いていたのは最初から八重自身だ。


「なんでわざわざハードモードに……」

「普通に自分でやった方が強い」


 八重は首を傾げながら返した。

 そういうところが祭に嫌われる一番の要因だったが、八重はいまだ気付いていなかった。


 チセは顔を上げると、思い出したように声をあげた。


「そういえば、八重、おでこの傷、が――?」

「チセ?」


 チセの身体がふらりと傾いた。眠たげにぐらぐら前後に揺れたかと思えば、そのまま背中の方に倒れていく。あっと手を伸ばした八重だったが、わずかに遅かった。


 後頭部を激突させる勢いだったが、派手な音はしなかった。

 とっさに槍からもとの姿に戻った祭が下敷きとなったのだ。


「きゅ……」

「おまえは本当、俺以外には親切だな」


 祭も疲れているのか大した返事はない。チセの身体を起して脈をはかる。指先にトクトクと伝わる感覚は正常だ。少し揺すっても反応はなく、どうやら彼女まで気絶してしまったようだ。


「緊張がとけた――いや、欠乏症か?」


 どちらにせよ長居はできない。ぐったりとしているチセを抱き上げると、八重たちはその場をあとにした。後始末はこれからやって来るであろう、桂木の配下の仕事である。


 八重には一刻でも早く調べなければならないことがあった。

 自分の腕の中で眠っているチセの正体である。

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