第5話 踊る会議 at 町内会(2)


 二回同じことを繰り返されたが、そういうことを訊いているのではない。


 八重が受話器を握りしめたまま固まっていると、「もうね、全然笑いごとじゃないの。どうしたらいいと思う?」と、案外余裕のありそうな声で付け足された。


「……そんな明るい声で報告してくる奴があるか! 焦れよ、最大限!」


 うっかり叫ぶ。なぜ当の本人より焦っているのかさっぱり分からない。一度深呼吸をしてから、受話器を耳に押し当てた。


「頼むから冗談であってくれと言いたいが、そうもいかないんだな?」

「うん」

「それでおまえ、場所と状況は」

「さっき逃げたところ。今は外だよ。建物があって町っぽいけど、人が全然いない」

「第六区画か。それにしてもよく一人で脱出できたな。監禁されなかったのか」

「縛られそうになったけど、やめてって言ったらやめてくれたよ……? よく分かんないけど」

「なんだそりゃ。ずいぶんとご親切な誘拐犯だな」


 八重は顔を歪めた。ますます謎が深まってきたが、このまま放置するわけにはいかない。彼女の安全を保障するのは八重の仕事だ。


「祭は?」

「最初は部屋で一緒にいたんだよ! でも急に窓が割れて、何かが投げこまれて、そしたら白い煙がぶわって。その後のことは全然覚えてなくて、気付いたら知らないとこに――」


 プツ、と耳障りな雑音がした。

 鼓膜が破れそうになるその音に、思わず受話器を離す。するともうチセの声は聞こえなくなっていて、通信が切れた音だけが延々と鳴り響いていた。


「くそっ! 切断されたか」


 乱暴に受話器を置く。こちらの動きが敵に勘づかれたようだ。足早に部屋を出ようとすると、桂木が呼び止めた。


「八重、状況は?」

「さっそく誘拐されやがった……!」

「展開がスピーディーでいいね。君がフラグを立てたからだよ」


 八重は顔をしかめる。これではまるで自分に責任があるかのようだ。だが彼女を留守番させたのは八重だったので、そういった意味では八重に責任がある。言い返す言葉を失っていると、桂木は困ったように眉を下げた。


「そういう荒事は君向きだし、早いところ片付けてきてくれ。チセさんのことが気にかかるし、相手の出方も知りたい」

「分かっている。俺の契りに抵触しないなら好きにやらせてもらうさ」

「そうだ、桜を連れていく? 手が足りないなら貸すけど」

「いや、一人で充分だ」


 ひらりと片手を振る。が、そのとき何かが廊下をパタパタ駆ける音がして、襖の隙間から弾丸のように飛びこんできた。まっすぐ八重に突撃する。かと思えば、手の甲に噛みつかれた。


「いって⁉」


 キュウ、と非難めいた鳴き声があがった。

 手にぶらさがっているのは祭だ。


 八重は腕をぶんぶんと振り回して無理やり引きはがした。首根っこの毛皮を掴んで摘まみ上げると、祭はぐるぐる喉をうならせた。

 どうやらチセがいなくなったことに気が付き、八重のいる議会所まで馳せ参じたのだろう。仕事は早いが、八重への好感度がゼロに等しいのが玉に瑕だった。長所のすべてを食いつぶしているとしか言いようがない。


「一人と一匹みたいだね」


 祭を床に下ろすと、今度は足をガリガリひっかいてくる。しつこさは天下一品だった。


「こんな狂暴なやつを仲間にした覚えはないな。俺が後ろから噛まれかねない」

「最悪な同士討ちだ。墓なら僕が豪勢なのを作ってあげるから任せてよ」


 八重は「そりゃ楽しみだ。町をあげての葬式もやってくれ」と笑って、今度こそ部屋を出た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る