第4話 踊る会議 at 町内会(1)


 五番町を仕切っている住人たちは町内会と呼ばれている。それぞれが権力を持ち、町内の政治をしている彼らは、このレアケースに対して口々に意見を述べた。


「門をくぐるとき、たまたま記憶を落としてきたのではないか?」

「しかしそんな例は文献にも載っていない」

「第一、門をくぐってきたばりの迷い子を狙う理由もさっぱり分からん」


 この世界と別世界を繋げる門は、時々生きた何かをこちら側に放り投げる。元々こちらに住んでいる者たちを住人と呼ぶなら、彼らは迷いこんだ者たちという意味で迷い子と呼ばれていた。


 十年に一度くらいは迷い子がやってきて、帰る手段を失い、やがて町に住みつくのだ。トラブルになることもなく、ただ新しい住人が一人増えるだけのことだった。


 だが今回はどうも事情が違いそうだ――ということは誰もが分かっている。


「そのチセって子、異能は?」


 年寄りが十数人いる中で上座に座っている若い男が、ふと口を出した。


「珍しい異能をもらったなら、充分狙われる理由になるでしょ」


 詰襟の上から着物を着ている男はゆるく腕を組んだ。桂木という名の彼は、町内会の中で浮いているといってもいいほど若いが、強大な権力を握っている住人だ。彼は柔らかな笑みを浮かべたまま促すように八重を見た。


「それで、どうだった?」

「まだ分からない」


 襖の近く、下座でどっかりと座りこんでいる八重は、つまらなさそうに返した。肩からずり落ちそうになっている羽織を引っ張りながら、あの時のことを思い出す。


「何かを発動させた気配はなかったしな。大体、俺は門から落ちてきた瞬間にあいつを保護したんだぞ。狙われるにしても早すぎるだろ」

「それもそうだね。拉致犯はがうちの人間じゃないことは君の推察通りだったよ。困ったものだ、一体どこの境界から侵入されたのやら」

「おまえらの警備がザルなせいだろ」

「ふがいない僕に変わって、用心棒の君がしっかり仕事をしてくれてありがたい限りだ」


 八重は「雇われの身なんでな」と返す。本当なら捕らわれの身と言いたかったところだが、そこは空気を読んで黙っておく。

 

 雇われているというのも嘘ではない。八重を用心棒として正式に雇っているのは町内会――ひいては五番町全体だ。八重の生活費は町内会費から出ているので、仕事はきっちりこなさなければならない。


「実際問題、こちらも影狩りに人手を取られているんだ。境界の警備は手薄にならざるを得ない。まったく、女王の百年空位問題は手痛いよ。戦力増強も考えないとね」

「これ以上武装してどうするんだよ。あちらのご老人方の顔を見ろよ、ドン引きしてるぞ」

「はは、今後もどうぞよしなに」


 彼はへらへらと笑っているが、老人たちはひそひそと話しながら遠巻きに見ていた。桂木がその若さで権力者になり上がったのは、ひとえに軍事力のおかげだ。

 外の住人にとって厄介な存在なら、内の住人にとっても充分厄介者である。八重は「はた迷惑な奴だな」と吐き捨てた。


 桂木は茶を一口飲むと、思い出したように言った。


「っていうか、例の彼女を連れてきてないの?」

「家で留守番させてる。戸締りはしっかりしておいたから大丈夫だ。あれからまだ五時間しか経ってないんだ、さすがに何も起こらないだろ」

「八重にしては迂闊なことをする。本音は?」

「おまえに引き合わせると絶対に面倒なことになるから嫌だ」

「まったく、僕の信用は地の底だなあ」


 桂木はまったく気にすることなくけらけら笑った。八重はむっとした顔で肘をつく。そういう胡散臭いところを隠す気がないのが余計に腹立たしいのだ。


「ただの子どもだぞ。まだ右も左も分かっていなんだから、つけこむなよ」


 釘を刺すように言う。彼はにこりと微笑んだ。


「人聞きが悪いな、僕はいつだってこの町のことを考えているのに」


 鼻で笑ってみせる。桂木はやはり怒った様子もなくにこにこと笑っていた。ただしこれ以上この話をしていても無意味だ、とやんわり区切りをつけるように目を細めた。


「過保護なところ悪いけれど、明日には連れてきてもらうよ。僕は直接会わないと異能が使えないんだ、君も知っているだろ?」

「へいへい」

「吉と出るか、凶と出るか。これからみんなで神頼みでもしに行く?」


 神頼みといっても、この町の神社はすべて桂木のテリトリーである。好き好んで彼のところへ行きたがる住人は一人もいなかったので、老人たちはそろってため息を吐いた。彼らもこの優男に振り回されているという点では同じだった。


 そろそろお開きに、という空気になり始めた頃合いで、電話のベルが高らかに鳴り響いた。タイミングが悪い。この中で最も地位が低いのは八重だったので、渋々立ち上がって受話器を取る。


「こちら、町内会」とだけ言うと、受話器の向こうにいる交換手が「町内の公衆電話からです、お繋ぎいたします」と返した。


「もしもし、あの、八重いますか?」

「……その声、おまえチセか?」

「あっ八重だ! よかった、繋がった!」


 ぱっと明るくなった声が聞こえてきた。


 念のために電話の使い方を教えておいたが、まさか活用されることになるとは思わなかった。飯にでも困ったのか、と訊こうとして、しかし町内の公衆電話からかかってきたことを思い出した。八重の家にも電話を置いてあるのに、なぜわざわざ外からかけてきたのか。


 外には出るなと言いつけていたはずなのに――問いただそうとすると、それよりも早くチセが答えた。


「誘拐されちゃった」

「…………は?」

「だから、誘拐されちゃった!」

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