第66話 物色


 コルセアの巡洋艦と名乗る宇宙船が、ガス巨星の衛星軌道上を周回中のHK号に接近してきた。HK号では、西側で言うところのCIWSファランクスに相当する6銃身機関砲の照準をコルセアの巡洋艦の要所に定めていた。


 操縦席に座るリンの正面のモニターと、船長席に座る金田光の脇の小型モニターにコルセアの巡洋艦が映し出されている。


「船長、距離2キロを割った」


「了解。500で発砲する」


「前方の宇宙船の側部から何かが分離された。

 この船を拿捕するための小型船じゃないですか?」


「おそらくそうだ」


『地球の宇宙船に告ぐ。ハッチを開け』


「どうします?」


「無視しろ。

 距離はまだ1500だが、仕掛ける。

 小型船にも照準ロックした。

 ファイヤー!」


 金田光は宇宙服で膨らんだ指を動かして機関砲の発射ボタンを押した。


 機関砲から秒間60発のタングステン弾が3秒間に渡って発射された。


 5秒後。全ての砲弾は目標に命中し、HK号から見たコルセア艦の前面の要所は見事に破壊された。内部は加圧されていたようで、各所から蒸気のようなガスが噴出している。もちろんHK号に接近中の小型船も破壊されてあらぬ方向に漂い始めた。


 砲弾を浴びたコルセア艦は、反撃することもなくHK号に接近を続けたが、艦の前部がいきなり爆発した。


 その爆発でコルセア艦の3分の1が吹き飛び、破片は宇宙空間に飛び散っていった。その結果コルセア艦のいき足は止まり、HK号との相対速度はほぼゼロになった。残ったコルセア艦の船体はゆっくり自転を始めてしまった。



「巡洋艦と言っていたが、想像を超えて脆かったな。

 推進器がどこにあるのか分からないが、とどめに適当に弾をばらまいてやろう。

 無照準でも命中するだろう」


 さらに5秒ほど機関砲弾が撃ちだされた。砲弾は自転によりちょうど側面をさらけ出したコルセア艦にミシン目のように穴を空けていった。この射撃で、艦が吹き飛ぶことはなかったが、艦の後部のどこかで小爆発が起こった。



「船長、俺たちのやったことって、海賊行為じゃないですか?」


「見方によってはそうかもしれないが、れっきとした正当防衛だ。

 しかし、あんなに大きな大砲を積んでいるのに、なんでこんなに脆いんだ?」


「さあ。自分たちが攻撃されることをまったく想定していなかったとか?」


「こっちが発砲を始めて3秒は時間あったと思うが、一切の反撃がなかった。連中、こっちに照準もつけていなかった可能性もあるな」


「まさか、じゃなくて、おそらくそうなんでしょうね。

 宇宙海賊を名乗っていたわりに、実戦経験が足りなかったんじゃないですか?」


「文明的に戦争下手なのかもな。もしそうだとすると、つけ入る隙もあるぞ」


「どういった?」


「お前がさっき言っていたように、今度は俺たちが宇宙海賊になって、連中の船を襲うんだ。何か掘り出し物の技術が手に入るかもしれないぞ」


「まさか、そんなこと無理でしょう?」


「試しに、目の前の巡洋艦はいせんの中を物色してこようじゃないか」


「いま宇宙服の中は1気圧だから、真空の中じゃ何も作業はできませんよ」


「時間は十分ある。今から減圧しよう」


「了解」



 船外活動など二人とも行なったことはないが、気密室で手順通り純酸素呼吸から減圧の手順を12時間かけて行い、二人そろってHK号のロックからコルセア艦に向かった。事前にHK号をコルセア艦に接近させているため、距離は30メートルほど。コルセア艦は自転している関係で破孔が正面を向いたときに艦内に進入する必要がある。二人とも命綱は着けていない。


『船長、俺たち無事にHK号に戻ってこられるかな?』


『大丈夫だ。少なくとも俺は戻れる』


『船長ならそう言うと思ってましたよ』


『破孔から中に入るが、宇宙服がどこかにぶつかって破損しないように気をつけろよ』


『了解。船長、あんたこそ』


『ああ』


 ……。


 二人は試行錯誤的に、酸素ガスを噴出してコルセア艦に接近していき、タイミングを見て破孔からコルセア艦に乗り込んだ。


 宇宙服のライトに照らされたコルセア艦の内部は、2回の爆発の影響かかなり傷んでいた。作戦中だったのだろうが、乗組員は誰も宇宙服を着用していなかったようで、死体は急な減圧で体を覆っている衣服らしきものがはちきれるほど膨張しており、破裂した死体が何体も船内を漂っていた。



『こいつら、どうも人形ひとがたの生物じゃないな。

 脳の発達のためには指、特に物を掴むため、内側に曲がる親指が必要だとか以前聞いたことがあるが、こいつらに手があるようには見えんな』


『目もどこにあるのか分からないですよ』


『さすがに目は頭部に付いていたんだろうが、急な減圧で飛び出して、そこらの壁にくっ付いてるんじゃないか? ほら、そこの壁にそれらしいのがくっ付いてる。

 俺たちは生物学者じゃないんだから、こいつらの形態がどうであれどうでもいい。

 何か役に立つものがないか探すのが先だ』


『了解』


 二人は、各所にできた破孔を潜り抜け艦内の中心部近くまで進んでいた。今二人はかなり広い部屋の中にいる。


 すでにHK号を出て2時間が経過している。二人の着る宇宙服は7時間の船外活動が可能だが、途中コルセア艦に取り付くまでに推進用に酸素を消費しているため、HK号への帰りのことを考えると、後1時間で引き返す必要がある。


『ここは、地球の軍艦で言うところの、CICじゃないか、それらしい装置が並んでいるぞ』


『船長、俺は軍艦のCICなんて見たことがないから分からないけど、乗組員の数は多かったようですね』


 ライトに照らされた部屋の中にはざっと見、20体ほどの宇宙人の死体が漂っていた。

 

『船長、この装置だけパイロットランプみたいなのが点滅してます』


『こいつは、この船で一番大切なものじゃないか。だから、船の動力が死んでも生きている』


『船の中で一番大切な装置というと?』


『船の中枢、いわゆるコンピューターだろう』


『なるほど。こいつを引っぺがして持ち帰って分析すれば何か面白いものが出てくるんじゃ』


『未知の文明の装置だからそう簡単に分析できるとは思えないが、とりあえずの戦利品だ。いただいて帰ろう』


『どうやって、取り外しますか?』


『そうだな。船と独立して電源装置が組み込まれているってことは、この装置自体も船から独立しているだろう。パネルもこの部分だけ周りと独立している。どっかに簡単に取り外せるようにパージ用のボタンがついてるんじゃないか』


『そうなんですか?』


『いや』


『……』


『ただ、そこに、ボタンに見える突起が目に入ったから言ったまでだ』


『押すつもりですか?』


『手ぶらのわれわれでは、この装置を取り外せないだろ? リン、お前はこれが自爆装置のスイッチじゃじゃないことを祈ってろ』


『おいおい』


『それじゃあ、押すからな』


 金田がボタンを押したところ、音はもちろん聞こえなかったが装置の内部で何かが動く振動が分厚い宇宙服の手先から伝わってきた。


 見れば、装置の側部からハンドルに見えなくもない取っ手のようなものが伸びていた。


『このハンドルを持って引けば、引き抜けるかもしれない。

 ……。抜けた』


 金田がハンドルを持って手前に引いたら、60センチ角の装置が装置の並んだパネルから引き出された。


 引き出された装置はまだちゃんと生きていた。


『うまくいった。やはりこの装置の内部に電源が入っているみたいだな』


『船長、あんた、何をやってもうまくいくんですね』


『俺が設計した訳じゃないからうまくいくかどうかはもちろん賭けだったが、技術というものは目的に向かって最適化されなくちゃならない。たとえ宇宙人が設計しようと、俺たちの想像の斜め上をいくようなとんでもないものができ上ることはないからな。

 もう、いい時間だ。そろそろ撤収するか』


『了解』



[あとがき]

作戦中の宇宙戦闘艦の乗組員は宇宙服を着た上、艦内は減圧しておくのが基本と思いまーす。

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