第63話 HK号2


 大陸本土の宇宙船恒星号の操縦室内。


 恒星号が月への軌道に入る直前、金田光は自身の座る船長用座席の隠しからピストルを取り出した。そのピストルは恒星号の艤装時に金田光自らの手で船長用座席に隠されていたものである。ピストルは闇で簡単に手に入ったが、正規のピストルである保証はなく暴発の危険もあるので、試射もしていない。


りん、地上との交信を切れ」


 金田光が林浩然リンコウネンの後頭部に銃口を当てて冷たく言った。


 林浩然リンコウネンは前を向いたまま、


「金田、何をする?」


「いいから交信を切るんだ」


 林浩然リンコウネンは地上からの送受信機を切った。スピーカーからは雑音だけが聞こえている。


「それでいい。

 この船はこれから俺の・・HK号だ。いいな」


「分かった。だが、地上に降りたら、お前は逮捕されるんだぞ」


「大陸本土の地上に降りたらな。

 HK号はこれから土星に向かう。そういうふうにプログラムしているからな」


「何が目的だ?」


「土星の先までいってみたいだけだ。お前も土星の近くには他所よその恒星系につながるゲートがあることを聞いてるだろ? 俺はゲートを越えてその先にいってみたいんだ。

 お前は人民軍のスパイのようだが、ある程度の見どころはある。どうだ、俺に協力しないか?」


「協力しないと言えば?」


「この船は俺一人でも飛ばせるように作ってある。お前にとっては名残惜しいだろうが、この世からいなくなってもらうしかないな。

 ハッチから放り出して宇宙葬をしてやる。宇宙葬は人類で初めてのハズだ。光栄に思え」


「わかった、協力しよう」


「言っておくが、俺にもしものことがあればこの船は自爆するからそのつもりでな」


「お前はそんな細工まで仕掛けていたのか?」


「お前じゃないだろう。船長と言えよ」


「わかった。分かりました。俺の負けです。金田船長」


「よろしい。

 宇宙の旅はこれからだ。楽しくやろうじゃないか」


 金田とて、ゲートの先の恒星系を目指して何がどう変わるとも思っていなかったし、早まったことをしたと思ってはいるが、こうして自分の宇宙船を手に入れることもできたわけなので、それなりに満足していた。


 そういうことなので、金田光は宇宙を一巡りして地球に帰還後は、環太平洋防衛機構に敵対するもう一つの大国にHK号を手土産に亡命するつもりだ。不用意に地球に近づけば環太平洋防衛機構の戦闘艦に拿捕される危険はあると思ったが、こうして無事に土星に向けて航行できている以上帰りも何とかなるだろうと安易に考えていた。



 地球圏を脱したHK号は順調に飛行を続け、土星を周回する衛星軌道に進入した。土星近辺に存在するハズのゲートの形状などの情報は何もなかったが、少なくとも直径1.3キロと言われているスカイスフィア3が通過できたわけだから、最低でもゲートの直径は1.5キロあると考えていた。


 この時点で金田光は太陽系には土星だけにゲートがあると考えていたためスカイスフィア3が土星ゲートを通過して太陽系に出現したと考え土星ゲートの大きさを推定していたのだが、結果的には間違っていなかった。


 直径1.5キロ程度の天体を発見するため、衛星軌道上のHK号は長距離レーダーで周囲を探った。金田光は無重力状態については無頓着だったため、衛星軌道上のHK号は土星に向けて強制的に加速することもなく無重力状態だ。現在HK号は土星の衛星タイタンの軌道上を逆走しており、タイタンに対してHK号は分速600キロ、秒速10キロで接近している。


リン、顔色が良くないがどうした?」


「船長、あんた宇宙に出たのは初めてだったんでしょう? なんで、無重力が平気なんですか?」


「こういったものは、慣れだ。体に慣れろ! と言い聞かせればすぐに慣れる。慣れてしまえば楽しいだろ?」


 金田光のあまりの言いぐさに、林浩然リンコウネンは返す言葉がなかった。



「船長、レーダーが前方2500キロに直径2.5キロの天体を発見しました。現在相対速度は毎秒10キロ。このままだと4分ちょっとで通り過ぎます」


「減速して追随だ。20メートル毎秒毎秒で480秒減速。そこから、手動接近する」


 操縦席前のモニターにはタイタンが映し出されており、ゲートはタイタンに追随して土星を巡っているようだ。


 7分後、モニターに周囲を雲のようなもので覆われた円盤のようなものが映し出された。さらに60秒後、ゲートまでの距離は15キロ。秒速400メートルでHK号はゲートに接近していた。


「速度落としますか?」


「このまま、あの真ん中に突っ込んでみよう」


「正気ですか?」


「ああ。ゲートって名まえが付いている以上、通ることができるのは当たり前だろ」


「どこか、ボタンを押すとかじゃないんですか?」


「誰がどこのボタンを押すんだ? 宇宙船に手足は付いていないんだぞ。

 ほら、あと5秒、3、2、1」


 モニター画面に何も映らなくなって5秒ほどで、宇宙空間が映し出された。モニターの右半分には巨大なガス巨星と、その衛星らしき天体が映し出されており、モニターの隅の方でひときわ輝く恒星はこの恒星系の主星だろう。


「うまくいくことが分かっていることを、びくびくしていては寿命が縮んでしまうぞ」


「さっきの突入だけで十分寿命が縮んでます」



 HK号は突入時のスピードを保ったまま進んでおり、ガス巨星の衛星軌道に乗るには速度が不足しているようで、徐々にガス巨星に引き寄せられていた。


リン、ガス巨星の衛星軌道に乗ろう。加速だ」


「どの程度加速しますか?」


「横に見える衛星と同じ速度で飛べばいいだけだ。そのくらい目分量で加速できるだろ」


 金田の無茶ぶりだったがリンはHK号をレーダーを見ながら加速し、何とかガス巨星の衛星との相対速度をゼロに保つことができた。



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