第55話 日本政府。幕間
高一首相と山田圭一が電話で話した当日、日本時間21時、ニューヨーク時間午前8時。
日本政府はニューヨークの国連日本政府代表部に駐在する国連大使に対し、国連に対してある申し入れを行うよう指示した。それに前後して日本政府は駐日アメリカ大使に対し、日本が国連に対してこれから行う申し入れの内容を知らせている。
日本政府から知らされた国連への申し入れ内容に驚いた駐日アメリカ大使は、本国国務省に直ちにその内容を伝えた。国務長官から報告を受けたアメリカ大統領は高一首相に直接電話をかけた。
『高一首相、きみは本気なのかね?』
「本気です」
『日本はわが国との同盟も解消するということかね?』
「もちろんその意図はありません。
しかし、結果的にそうなっても致し方ありません」
『超大型宇宙船か。
日本はこの機に世界の覇権を握るつもりかね?』
「いいえ。しかし世界のイニシアティブをとる決意です」
『なるほど。為政者としては満点だ。わたしがきみの立場でもそうする。
安心したまえ。たとえナンバーツーとなっても、
「ありがとうございます」
その日、日本政府が国連に申し入れをする内容は、
1、常任理事国の拒否権の無期限停止を求める。
2、5日間で結論が出ない場合、ないし提案が受け入れられない場合、日本国は国連を直ちに脱退する。
3、その場合、日本国は宇宙からの侵略に対して自国のみの防衛にあたる。
4、日本国には日本国を中心とした宇宙からの侵略に対応するための新たな国際組織を作る用意があり、賛同する国家は受け入れる。
驚くべき内容だったが、大使は政府からの指示通り国連本部に赴き、先の内容を英文による書面によって国連事務局に申し入れた。一種の最後通告である。
事務局では日本の国連大使からいきなり手渡された書面を受け取り、ひと騒動が起こったが、直ちにその内容は事務総長を経て常任理事国および安全保障理事国に通知された。
常任理事国が拒否権を放棄することなどありえないため、日本の国連脱退は既定のものとして事務局では対応を進めようとしたが、国連においても、国連からの脱退など前例のないことであり、先の宇宙からの侵略時以降滞りがちだった一般業務がさらに混乱していった。
それでも緊急安全保障理事会が開催されたが、アメリカを除く常任理事国は拒否権の実質放棄を認めず、日本の国連脱退が確定した。
日本が国連に対して実質脱退宣言ともとれる申し入れを行った翌朝。
その前代未聞のニュースは深夜から国内をかけめぐっていたが、午前7時、政府より国民に向けて正式発表が行われた。
宇宙からの侵略に対して何の役にも立たなかった国連に対して多くの国民は諦めの気持ちを抱いていたが、政府がこれほど大胆な行動に出るとは誰も予測していなかった。
野党議員だけでなく、与党議員からも国連脱退など首相の暴挙であると非難の声が上がった。野党は国連からの脱退や宇宙からの侵略に対応するための新たな国際組織の設立など国民の理解が得られないと一斉に反発し、休会中の国会の再開を政府に要求した。
これに対して、高一首相は、国会の再開を受け入れ、直ちに国会を再開したが、休会明け初日に衆議院を解散してしまった。高一首相は解散総選挙に全てをかけたわけだが、十分成算があると踏んでいた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
とある恒星系。その恒星系の1惑星に、とある宇宙文明に属する大規模な私掠船組織コルセア(注1)が本拠地を置いていた。
本拠地において受信した微弱な電波信号を解析した結果、その信号は100光年(注2)ほど先の恒星系から発せられた信号で、発信元は前宇宙時代と思われる知的生命体であることが判明した。彼らの把握しているゲート網にその恒星系は含まれていなかったため、ゲート網のうち、その恒星系に最も近いノードを精査した結果、新たに
コルセアは超空間通信技術を持たないため、自分たちの把握しているゲートにはゲート用中継器を設置している。中継器がゲートを短時間で行き来することで受信した通信を次のノードに伝えている。コルセアでは惑星などが通信の障害にならないようニュートリノ通信を行っているため、ゲートを行き来している中継器が惑星の裏側にあっても通信は可能である。さらにコルセアの中継器はニュートリノ通信の中継を行うほか、電波観測や光学観測と言ったパッシブデータの収集も行うことができた。
新たなゲートにもコルセアは中継器を設置し電波情報を収集した。
中継器が受信した件の恒星系からの電波情報を本拠地で解析した結果、
コルセアは間を置かず、地球を新たな資源供給源とするべく、本拠地より新ゲート発見時から派遣準備が進められていた最新鋭艦からなる16隻の艦隊が派遣された。この新鋭艦16隻は、コルセアの母体文明が封鎖するゲートを強行突破するため建造された戦闘艦だったが、地球攻略を優先した形である。
派遣艦隊は根拠地の泊地を発ちノードを何回か経由して太陽系に侵入し、地球を包囲し降伏を促したところまでは順調だったが、地球側が降伏する前に、謎の超大型宇宙船が地球目指して接近してきた。派遣艦隊は地球の包囲を解いて迎撃に赴いたが、そのまま消息を絶ってしまった。
コルセアは連絡を絶った派遣艦隊に対して、もとより乗組員の生存などは期待していないため救助用の艦船ではなく調査用ドローンを乗せた巡洋艦を本拠地より太陽系の一つ手前の恒星系に送った。そこからゲートを経て調査用ドローンを太陽系に送り込んだ。もちろん謎の超大型宇宙船の情報を得るためである。超大型宇宙船は最初期宇宙時代の惑星文明とは何の関連もないことは明らかだったため、その宇宙船の不在が確認されれば、再度太陽系に艦隊を送り、地球人を隷従させるつもりだった。
コルセアにとっては運の良いことに、巡洋艦から放たれた調査用ドローンがゲートを経由して太陽系に侵入した時のゲートの位置はスカイスフィア3から見て、地球と土星本体で隠される位置にあったため、地球上空に滞空中のスカイスフィア3からは調査用ドローンのゲートからの出現を観測することはできなかった。
観測用ドローンは太陽系に侵入後、彗星を装い長楕円軌道を描きながら太陽に接近していった。
注1:コルセア
地球人には発音不能のため、便宜上この名を当てている。
注2:光年
便宜上地球で言う光年を使用している。
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