第54話 転機
業者から生鮮食料品が屋敷に届けられる前に下の屋敷に戻る必要があるため、圭一は使用人の3名と共に連絡艇に乗り込み屋敷に帰ることにした。
連絡艇の内部は席が4席ずつ2列向かい合った作りで、ドーラによって連絡艇に転送された4人は、二人ずつ向かい合って座席に座りシートベルトを締めた。シートベルトの構造はこれと言って特別なものではなく、スカイスフィア3のブリッジ、もっと言えば、スカイスフィア2の操縦室のシートベルトと同じものだ。圭一が考えるに、スカイスフィア3を建造したなんとか帝国の国民は地球の人間とは形態が異なっていたため、ドーラが地球人用に新規に採用したのだろうと考えた。
『連絡艇発進しまーす。
後ろは荷物室だから荷物はそこに入れてね。それと、荷物室の中にはカートが入っているから荷物の運搬にはそれを使えばいいよ』
座席に座ってシートベルトを締めたら、ほんの数分で連絡艇の扉が開いた。連絡艇は新組み立て工場の先の空き地に着陸していた。圭一たちの乗り込んだ
どうやって荷物室を開けるのかと思っていたら、連絡艇の後ろ3分の2の側面が勝手に上にスライドして荷物室が現れた。荷物室の中には周りに柵の付いた肉厚の板が何個か置いてあった。ドーラの言うカートなのだろうが使い方が分からない。
ドーラのアバターのロボットもいないし、屋敷のロボットもいないのでどうやってドーラに連絡しようと圭一は思っていたのだが、普通に連絡艇の中からドーラの声が聞こえてきた。
『その柵の付いている板がカートだから。
指示は口頭で屋敷の前まで行け。とか、連絡艇に戻れ。とか、言えばいいからね』
カートの使い方が分かったので、圭一が2台ほどのカートに屋敷の玄関前に移動するよう指示したら、カートは浮かび上がって、滑るようにまっすぐ屋敷の玄関に向かって飛んで行った。
圭一たちは、飛んでいくわけにはいかないため、カーブを描いた道路を下ってカートを追った。
玄関前で、業者のトラックを待っていたら、10分ほどで小型トラックが機動隊員たちが封鎖している門を抜けて、敷地の中に入ってきた。勝手口前に向かおうとしていたところを捉まえて、荷物をカートの上に積み替えた。
「ご苦労さん」
業者の小型トラックを送り出し、
「あまり量はなかったな。
何か屋敷から持って来るものはあったかな?」
「帳簿類とかいかがしましょう?」と、池内女史。
「ここに置いておくのも心配だけど、うちの帳簿は電子化しているわけだから、ドーラに頼めばスカイスフィア3に移管でききそうだが。
ドーラ、どうだい?」
圭一はどうせカートを通してドーラが聞いていると思い、ドーラに聞いたところ、
『もうやっちゃってる。
屋敷にあるサーバーとか、端末とかはそのまま居住区画にコピーを作っているから』
「気が利くな。
後は門の確認だな。
あまり近寄るとややこしいから、遠目で見て作業確認したことを電話で伝えればいいだろう」
「圭一さん、それでしたら私が確認してきます」そう言って波内女史が門のほうに歩いていき、3分ほどで帰ってきた。
「門の工事は完了していました。
門の外の報道陣は一向に減りませんね。わたしも撮影されてしまいました」
「ハハハハ。これから、波内さんにスカイスフィア研究所の広報係もやってもらおうかな」
「何をバカなことを」
「いやいや、池内さんなら適任と思うけどな」
「用事は終わりましたから、さっさとスカイスフィア3に帰りましょう」
二人が話していたら、カートからドーラの声がした。
『あれ? 圭一おにいちゃん、高一首相から電話が入ってる』
「少し待ってもらってくれ。
屋敷の中で電話に出る」
『了解』
圭一は屋敷の中に駆け込み、電話を取った。
「お待たせしました。山田です」
『高一です。
お願いがあって、お電話しました』
「どういった内容でしょう?」
『単刀直入に申しましょう。
わが国が世界のイニシアティブをとっていくためにスカイスフィア研究所の全面的な協力をお願いします』
「具体的には?」
『今回の宇宙からの侵略に対してなんら有効な手を打てなかった国連からわが国は脱退し、宇宙からの侵略に対する新たな国際組織をこの日本に作ろうと思っています。そのことの協力依頼が一点。
わが国が国連を脱退した場合、アメリカとの同盟関係もおそらく終了します。
核を持たず、長距離ミサイルも持たないわが国に対する周辺国からの侵略の抑止力になっていただきたいというお願いがもう一点です』
「最初の件については、昨日の話し合いの通りお受けします。二点目につきましても、わが国が他国から侵略されることを手をこまねくことはできませんのでお引き受けしますが、民間人であるわれわれが他国に対してあからさまな軍事行動はとれないのではありませんか?」
『新たな国際組織の実働部隊として宇宙軍の創設を考えています。建前上はわが国とは独立した組織とします。宇宙軍は宇宙からの侵略に立ち向かい、新組織加盟国の平和と安全を守る。その長官に山田さんに就任していただくというのはどうでしょう?』
「方便でしょうが、いい手ですね」
『では、了承していただけるということで?』
「わかりました」
『山田さん、ありがとう。わが国はこれから積極的に動いていけます』
高一首相は新たな国際組織の実働部隊である宇宙軍について株式会社スカイスフィア研究所だけに依存しようと考えている。宇宙軍は、建前上は機構の軍隊となるが、スカイスフィア研究所の実質私設軍とすることで、機構参加各国の影響力を最小限にとどめるためである。
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