第47話 官邸前
中央太平洋でいったん海面近くまで降下した球型宇宙船らしき人口天体はその後、高度4万メートルまで上昇。そこでしばらく停止した後、北西方向に移動を開始した。
その情報は米国の
人口天体が移動を開始し、5分後にはその移動先に東京があることが、米国国防総省より市ヶ谷の防衛省に伝えられた。
さらにその情報は先の宇宙船団による降伏勧告時に設けられた首相官邸内の宇宙危機対策本部に届けられた。宇宙危機対策本部は首相を本部長とした組織で、主なメンバーは防衛大臣、官房長官、国土交通大臣、総務大臣である。現在国会は会期中だが、宇宙危機対策本部設立に前後して休会している。
防衛省では米国からの情報に基づき、航空自衛隊に対して警報を出したが、高度4万メートルを高速で移動する直径1.3キロの人工天体に対する有効な移動阻止方法など存在しないわけで、航空自衛隊の首都圏の航空基地ではスクランブル要員を増員しただけにとどまっている。
その代り、首都圏を防衛する航空自衛隊の第1高射群および陸上自衛隊の第2高射特科群に対して発射準備命令が出されていた。ただ、自衛隊の運用する地対空ミサイルには高度4万メートルに到達するものはなかった。
さらに日本海に展開する弾道弾迎撃ミサイルSM3を運用するイージス艦、まや、はぐろにも防衛省は待機命令をだしているが、SM3といえども所詮はただのミサイル迎撃ミサイルなので、命中したとしても直径1.3キロの人工天体に対して有効な打撃を与えることが可能だとは、当の防衛省内の制服組の誰も思っていなかった。
『ここからは音速以下まで減速するね。15分後に東京の上空に到着するから、そろそろ東京に向けて放送する?』
「そうだな」
『了解』
「伝えたい内容は、俺たちは民間の日本人だということがまず第一。それと地球を包囲していた宇宙海賊を撃破したってことか。他になにかあるかな?」
「スカイスフィア3のことはどう伝える?」
「そうだなー、水と交換して手に入れたと本当のことを言っても誰も信じないだろうから、スカイスフィア研究所所属くらいで。頭の上に浮かぶ巨大宇宙船は事実だから勝手に適当なストーリーを思いつくんじゃないか?」
「それもそうか。こっちがわざわざ説明しなければならない理由はどこにもないものな」
「メッセージはこんな感じでいいかな?
『本船は、株式会社スカイスフィア研究所所属宇宙船スカイスフィア3です。1時間前に宇宙から地球に帰還しました。
ご安心ください。地球を包囲していた宇宙船団は当方に対し攻撃を仕掛けてきたため自衛のため全て撃破しています』」
「それでいいと思うぞ」
「自衛のためというのがなかなかよね」
「あとは、スカイスフィア3に乗っているのが本物の民間人であることを示すため、『代表者が首相官邸前に向かうので対応願います』。かな?」
「そうだな」
『それじゃあ、さっきの演説を放送するね』
「さっきのを録音してたのか? 聞くまでもなかったな」
『少しそれらしくして、放送するよ。放送して何分後に首相官邸に降りる?』
「向こうも用意があるだろうから60分後とするか」
『了解。短波からFMまで全帯域で放送するから』
日本上空に進入すれば航空法違反だろうし、電波を飛ばせば電波法違反だろうと4人は思ったが黙っていた。
『放送開始!』
『本船は、株式会社スカイスフィア研究所所属宇宙船スカイスフィア3です。1時間ほど前に宇宙から地球に帰還しました。
ご安心ください。地球を包囲していた宇宙船団は当方に対し攻撃を仕掛けてきたため自衛のため全て撃破しています。
繰り返します、本船は、……。
これより60分後、本船より株式会社スカイスフィア研究所社長、山田圭一が詳しい説明を行うため首相官邸に向かいます。
以上』
『これでどう?』
「ドーラ、完ぺきだった。ありがとう」
『どういたしまして』
すでにスカイスフィア3は東京上空4万メートルで滞空しており、地上から見上げると青空の中に銀色の船体はある程度溶け込んで白っぽく見えている。直径で言うと満月の6倍ほどに見えるので、相当な威圧感がある。
「今の放送を聞けばなにがしかの反応があるはずだが、何も反応がなかったらどうする?」と、翔太。
「さすがに、それはないんじゃないか? 政府だって情報は欲しいだろう。そのチャンスを逃すわけにはいかないと思うぞ」
「それはそうか。
こっちがラジオの帯域で放送した以上向うもラジオの帯域で返事を寄こすよな」
「だろう」
「ドーラ、首相官邸前に降りるために、スカイスフィア3を上空1キロまで近づけるのか?」
『今は全力発揮できるから、40キロ程度の転送は平気。護衛のロボットを先に転送したあと、圭一おにいちゃんを転送するよ』
「頼む」
『任せて』
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
中央太平洋上に降下した人工天体は、それから高度を上げ、その高度を保って高速で移動し、ぴたりと東京上空に滞空した。
それから、数分後。
首都圏の全てのラジオ、短波からFMまで全帯域でいきなり日本語が流れてきた。前回はいきなり英語の放送だったが、今回は日本語だ。手法が全く同じだったため、防衛関係者を始め政府関係者はその内容に身構えた。
『本船は、株式会社スカイスフィア研究所所属宇宙船スカイスフィア3です。1時間ほど前に宇宙から地球に帰還しました。……』
愉快犯による犯行も疑われたが、これほどの大出力で電波を流せる個人など存在するはずもなく、そもそも電波は頭上の人工天体から送られてきたことはすぐに判明している。さらに、株式会社スカイスフィア研究所なる存在も確認され、社長は国内有数の資産家山田圭一であることも判明した。
「会わざるを得ないでしょう」
宇宙危機対策本部で待機中の
「山田圭一社長を官邸前でお待ちします」と、政府はN〇Kのラジオ放送所を通じスカイスフィア3に連絡した。
約束の時刻の5分前。
SPから距離をおき、一人で首相官邸の玄関前に現れた高一首相は約束の時間を待った。報道機関や見物人なども首相官邸周辺に多数集まっており、官邸を囲む塀をよじ登って敷地内を撮影しようとするカメラマンなどがいたが警察官によって排除されている。また、上空も規制されており、ヘリコプターなどは飛んでいない。国内外の航空便は、一部の貨物便を除き宇宙船団が出現して以来運休が続いている。
約束の時刻の3分前、官邸前庭の芝生の上にいきなり銀色に輝く6体の人型が現れた。どう見てもロボットである。6体のロボットは6角形を作るように立っているのだが、顔の造作などないため前後があるのかどうかも判然としないが、どうも外側を向いて立っているようだ。
高一首相は意を決しそのロボットに向けて歩いていくと、ロボットの作る6角形の真ん中に、30歳くらい見える男が現れた。木綿に見えるベージュの上着に一応は襟のある白いシャツ。下は青いジーンズ、靴はランニングシューズというラフな格好だ。
男は前に進み、近寄ってきた高一首相に自己紹介した。
「スカイスフィア研究所の山田圭一です」
ロボットたちは男の動きに合わせ、男の後方に横一列に整列した。
「総理大臣、
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