第25話 木星へ4


 スカイスフィアは火星の周回軌道を脱し、一路木星に向かった。火星-木星間の距離は約6億キロ。いつも通り中間地点まで1Gで加速を続け、そこから180度回頭して木星まで1Gの減速を続ける。飛行時間は137.5時間を予定している。


 スカイスフィアに乗船する4名は望遠鏡を覗く約1名を除けば何事もなく退屈していた。その1名は今も望遠鏡を覗いており、残りの3人はリビングで雑談している。


「スカイスフィアって、マニュアル操縦できるようなものじゃないし、マニュアル操縦する必要もないから仕方ないけど、自動操縦だから退屈よね」


「贅沢な悩みだな。

 いちおう太陽系の惑星を近くで観察し終わったら、次は火星にでも着陸してみるか」


「それは、面白そうだな。

 となると宇宙服とエアロックと着陸脚が必要になるか?」


「宇宙服の方はJAXAに納入している業者を当たれば、秘密でも何でもないだろうから何とかなるだろう。宇宙服の場合、内部の気圧で宇宙服が膨れ上がらないように減圧する必要があるから、減圧前にはプリブリーズ(注1)で体を低い気圧に慣らす必要がある。プレブリーズには半日以上かかるから結構面倒だ。

 俺たちの場合、とりあえず火星の地面に立てばいいわけだから、金属製の鎧のようなものを作ってもいいかもしれないがな。火星に限定すれば重力は地球の3分の1ちょっとの低重力だからある程度装備が重くても自力で何とかなるんじゃないか? 心配ならアシストロボットを組み込んでもいいし」


「か弱い乙女用にアシストロボット付きの宇宙服をお願いするわ」


「了解。そういった装備はあって困るものじゃないしな。

 それで話を戻すと、エアロックの取り付けはそれほど難しい作業にはならないが、着陸脚となると本体の大幅改修が必要になってかなり面倒なことになる。スカイスフィアの場合燃料云々は基本的に考える必要がないから、地表から数メートルで停止して、そこからタラップかなにかを下ろして火星の土を踏めばいいか。タラップが面倒なら縄梯子でもいいしな」


「火星の重力なら跳び下りてもいいくらいじゃないか?」


「6メートルから飛び降りると、地面じゃ秒速6メートル、時速20キロを超えるから跳び下りは危険だぞ」


 圭一が電卓を叩いて指摘した。


「船内に戻ることを考えればもとより跳び下りはなかったな。

 人類初の火星への一歩になるだろうから、アメリカとか中国が騒ぎ出しそうだな」


「発表は遅らせてもいいが、俺たちがその日に火星に下り立ったことを示す何かを残しておいたら面白いんじゃないか?

『日本国住人、山田圭一、ここに火星への第1歩を記す。20XX年XX月XX日』なんてな」


「圭一兄さん、それ、ナイスアイディア。

 世界中がビックリするわよ。

 でもよく考えたら、このスカイスフィアを見せるだけでも世界は大騒動になりそうだけどね」


「そうだな。

 そうなると、X金属の争奪戦が始まるから、やっぱり公開は俺たちが墓場にいってからになるかもな」


「真理亜は一生懸命望遠鏡を覗いて博士論文を書くつもりらしいけれど、どうする?」


「写真やデータの発表はいいんじゃないか。スカイスフィアについて何も言わなければ」


「そんなので、博士論文って通るものなの?」


「難しいだろうが、不可能ではない。としかいえない。

 着陸脚とかはこのスカイスフィア1では後付けすることは難しいが、スカイスフィア2を設計する時には考慮しておこう」


「圭一、このスカイスフィアは、ドーラの延長線で作った関係で、推進器が船の中心にあるじゃないか」


「そうだな」


「ドーラの場合、推進器本体が360度、3次元で方向を変えたからあれでよかったが、今のスカイスフィアだと、力は天頂方向にしかかからないよな?」


「おっと、俺としたことが。

 確かにその通りだ。天頂部に推進器を設置すれば、推進器を保持する構造材をかなり細くできる。おそらく内部構造材の重量比を今の2割はカットできるはずだ。スカイスフィア2ではその設計で決まりだ」


「ねえ、圭一兄さん」


「なんだい?」


「スカイスフィア2が完成したらこのスカイスフィアはどうなるの?」


「特に当てはない。スカイスフィア2にはどうせ俺たち全員で乗船するわけだから、スカイスフィア2もバックアップと言っても、あまり意味はないしな」


「じゃあ、スクラップにするの?」


「スクラップにすることはないが、発電所にしてもいいかもな」


「何だかもったいないわね」


「圭一、スカイスフィア2の次ってあるのか?」


「もちろんだ。

 そいつは星を目指す超大型船だ。

 そうだ! その時には、スカイスフィア1をスカイスフィア3の塔載艇にしてもいいかもな」


「星を目指す?」


「ケンタウリだよ、児玉君。地球でやるべきことを終えたらケンタウリを目指すんだ」


「地球には帰ってこないつもりなのか?」


「帰ってこられるなら帰るが、難しいかもな。それでも悔いはない」


「なるほど」


「普通は何をバカなことって思っちゃうけど、それができちゃいそうなところが怖いわよね」


「そうだな」




注1:プレブリーズ

詳しくは、https://fanfun.jaxa.jp/faq/detail/210.html などをご参照ください。



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