第21話 金星旅行3


 離陸後30分ほどで、地球からの距離が2万キロを超え船内加速度がほぼ1Gになり、各人はシートベルトを外し寛いだ。


 現在スカイスフィアの赤道部の3基の望遠鏡は全て地球を捉えており、今後どのようにスカイスフィアが飛行しても最低1基の望遠鏡は地球を捉える。惑星周回中に地球が惑星によって遮られた場合は、速度と時間などから逆算して地球の位置を推定し、惑星の影からスカイスフィアが抜け出し再び地球が望めるようになれば、従来通りいずれかの望遠鏡が必ず地球を捉える。


「それじゃあ真理亜、天頂望遠鏡の方はお願い。終わったら、リビングにいってって。わたしたちもいくから」


「了解」



 真理亜は操縦室を出て、高張力鋼材で作られた推進軸を兼ねた軸線の近くに据え付けられた天頂望遠鏡を操作して金星をその中心に捉えた。


 これ以降、スカイスフィアが中間地点で180度回頭し減速を始めるまで、金星の動きに合わせスカイスフィアは飛行軌道を修正する。減速時は天底部に設置した望遠鏡が金星を捉えることになるがこちらは天頂望遠鏡を引き継ぎ自動で金星を捉える。



 操作卓上のモニターで天頂望遠鏡が目標を捉えたことを確認したアスカは、


「天頂望遠鏡が目標を捉えたわ。

 スカイスフィア、金星に向けコース修正、回頭開始。……。回頭終了。

 これで地球に帰るまで特別な操作は不要よ」


「すごいな。さすがは、明日香だ」と、圭一が明日香を褒め、


「真理亜さんがいてくれてよかったな」と、翔太がそこにはいなかったが真理亜を褒めた。


「それじゃあ、わたしたちが操縦室ここに居る必要はもうないから、そろそろリビングに移動しましょう」


「そうだな」



 3人が操縦室からリビングに移動したところで、真理亜も第1デッキから下りてきて合流した。


「みんな何か飲む?」と、真理亜。


「そうだな、俺は缶コーヒーかな」


「僕は、コーラで」


「わたしも手伝うわ」と、明日香。


「真理亜に任せると、この時間からお酒を飲みだしそうだものね」


「あら、バレてた。

 でも、飲もうかなって思ったのは缶に入ったサワーよ」


「もう。真理亜は。天体観測はいいの?」



 リビングの一角を天体観測室に改造しており、そこには真理亜用に大型望遠鏡が据え付けられている。この望遠鏡のためにスカイスフィアでは内部の改造だけでなく外殻を丸く切り取りそこに大型の半球型キャノピーを取り付けている。


 また、この望遠鏡の接眼ピースを覗き込むための観測椅子に付随したコントローラーでスカイスフィアは天頂と天底を結ぶ軸線の周りを回転し、周囲360度の視界が望遠鏡に与えられる。望遠鏡自体も仰角40度俯角20度まで鏡筒を上下でき合計60度の視界を提供している。


「少しだけ覗いてみようかしら」


 そう言って真理亜は天体観測室に向かい、望遠鏡本体に付随した観測椅子に座って同じく本体に付属したファインダーを覗き込んだ。


「金星を見つけるのは簡単だったけど、星が多すぎて目当ての星を見つけるのが思った以上に大変よね。でもそれが楽しい」


 そう言って真理亜はニヤニヤしながらファインダーを覗き込み、しばらくして目当ての天体を見つけたようで、本体望遠鏡の接眼ピースを覗き込み始めた。



 スカイスフィアの第3デッキには大型の冷凍室と冷蔵室があり大量の食品や飲料を保存できるが、普段使いには不向きなので、第2デッキのリビングに隣接した台所に設置された冷凍庫と冷蔵庫にある程度の量を保存している。1週間程度の飛行なら冷凍庫と冷蔵庫の中のストックだけで問題はない。


 明日香は台所に設置された冷蔵庫の中から缶コーヒーと缶コーラを取り出し、自分用には炭酸水の入ったペットボトル、真理亜用にはノンアルコールビール缶を用意してリビングに戻っていった。

 

「はい、コーヒー」


「サンキュー」


「はい、コーラ」


「明日香さん、ありがとう」


 明日香は自分の炭酸水のペットボトルはリビングのテーブルの上に置いて、真理亜のいる天体観測室にノンアルコールビールを持っていった。


「真理亜、ノンアルコールで我慢しなさい」


「いちおう、ありがとう。

 そう言えば、何時になればアルコール解禁になるんだろう?」


「何も決まってはいないけれど、夕食の時には飲んでいいと思うわよ」


「お昼もまだまだなんだけど」


「我慢しなさい」


「はーい」


「それじゃあね」


「じゃあ」


 初日。船内時間の21時には、各自自室に引き上げ就寝した。


 各自の部屋は、第1デッキに設けられており、室内にはベッドと小型の机、モニターなどがセットされている。ベッドには安全ベルトが付属しており寝具などは安全ベルトで固定できる。


 翌日、各自で船内点検した後は、真夜中に予定されている180度回頭まで何も仕事はないので、天体観測を予定している真理亜以外の3人はリビングで音楽を聞いたり、映画を鑑賞して過ごした。





 日をまたぎ、船内時間、3時30分。


 中間地点においては船内が無重力になってしまうため、その前に全員で船内の各所を点検し、操縦室の各自の椅子に座ってシートベルトをしっかり締めてその時を待つ。


 3時44分。


「主推進器、キオエスタトロン停止30秒前、28、27、……、3、2、1、停止。

 180度回頭開始」


 明日香の「停止」の言葉と同時に船内は無重力となり、スカイスフィアは180度回頭を始めた。遠心力でわずかにシートベルトが引っ張られる。


「回頭完了。

 キオエスタトロン始動!」


 明日香の「始動」の声と同時に船内の重力が1Gに戻った。


「今のが無重力か、楽しかったね!」と真理亜。


 翔太も圭一も黙っている。


「真理亜、無重力って気持ちいいわよね」


「体が伸ばされたって感じが良かった。最近肩が凝るのだけれど無重力だと頭の重さがなくなるじゃない? すごく楽よね。どうせなら5分くらい無重力だったらよかったのに」


 翔太も圭一も黙って首を振っている。


「地球への帰り路でもう一度無重力で180度回頭するから、その時は無重力の時間を少し長くなるようにしちゃおうかなー」


 翔太も圭一も激しく首を振っている。




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