第20話 金星旅行2


 阿木真理亜あぎまりあをスカイスフィア研究所の新しいメンバーに迎え、打ち合わせした結果、スカイスフィアによる次回の飛行は金星に向かうことになった。真理亜は初日の午後から持参したデータやソフトをワークステーションに移植し、金星の位置を確認した所、やはり地球と金星との距離は4千万キロで、現在金星は地球から徐々に遠ざかっているとのことだった。


 その日の夕方、真理亜の歓迎会が圭一の屋敷で開かれたが、ちゃんと飲み物は大量に用意してあったので、終始真理亜はご満悦だった。その日真理亜も明日香も圭一の屋敷に泊まっている。



 真理亜の歓迎会の翌日から金星旅行用の1週間分の資材の購入と搬入が行われた。最も大切な水と水素は既に搬入済みなので、もっぱら、三日分の食料が中心だ。明日香はネットでソフトを大量に購入しており、翌日にはメディアが届けられた。



 そして、翌日。研究所に届けられたソフトの山を見て圭一が明日香に向かい、


「明日香、結構買い込んだな」


「この際だから、今まで見た映画でよかったなーって言うのと、見逃してた映画を中心に圭一兄さんの言ってた宇宙物、翔太さんの言ってたほのぼの系アニメをチョイスしておいたわ」


「宇宙物はすまんな。娯楽用のソフトはいいとして、

 食事はレトルト食品と冷凍食品、それに缶詰になるが、将来的には何か工夫しないといけないな」


「僕はレトルトカレーとカップ麺があれば3カ月は大丈夫だ。

 将来的には水耕栽培で野菜なんか作れればいいんじゃないか」と、翔太。


「そこまで来ると、スカイスフィア2の世界だな」


「スカイスフィア2?」


「もちろん太陽の隣のケンタウルス座α星系に旅立つための大型宇宙船だ。片道だけでも何年かかるかわからないが、いずれな」


「圭一兄さんの夢はそれくらいにして。

 レトルト食品も冷凍食品も種類はいろいろあるし、結構おいしいんじゃない?

 スカイスフィアには電子レンジもあれば、油で揚げないレンジもあるし。それに、パックご飯はけっこうおいしいわよ」


「私の場合は主食はアルコールで副食はお酒の肴でいいから」。歓迎会のあと真理亜も打ち解けている。


「真理亜さん用にアルコールはかなり仕込んだから1週間じゃ飲みきれないと思うよ」


「じゃあ、試してみようか?」


「真理亜、それは、やめておこうよ。あなたなら本当にトン単位でお酒飲みそうだし」


「冗談よ」




 準備も整い、金星への飛行の日がやってきた。


 午前9時。組立工場兼整備工場の斜路を上って4人は架台の上のスカイスフィアのハッチの中に消えていった。1時間ほど前まで空けの明星として南東の空に金星が輝いていた(注1)が空が明るくなった今は見えない。


 工場の屋根はすでに開け放たれている。


 操縦室では、操縦席に明日香、真理亜は翔太と明日香の席の真ん中あたりに設けられた席に着いた。二人はシートベルトを締め発進に備えている。翔太と圭一は船内を見て回り、最終チェックを行っている。




「最終点検、各部異常なし」「異常なし」


 スカイスフィア内を点検して回った翔太と圭一も操縦室に戻り座席に着いてシートベルトを締めた。


 発進予定時刻の午前9時30分。今回は前回より1時間遅い。


「センサー類正常。

 スカイスフィア、主電源装置起動。電圧正常。内部電源に切り替え。

 外部電力切断」


 スカイスフィアに接続されていた外部電源プラグが抜け落ち、外部電源から内部電源に切り替わった。


 前回同様、明日香が発進シークエンスをこなしていく。残りの3人は座席に座り明日香の肩越しにモニターを見つめている。



「スカイスフィア計測重量520トン。離昇推力521トンをセット。

 主推進器起動。

 推力上昇、10トン、計測重量510トン。

 推力200トン、計測重量320トン。

 推力400トン、計測重量120。

 推力521トン、計測重量0。スカイスフィア離昇」


「スカイスフィア、微速上昇」


 屋敷の使用人たちが見守る中、スカイスフィアがゆっくりと上昇を始めた。今日の空も快晴だ。



「これより、スカイスフィア、対地球加速度1G、船内加速度2Gまで加速し、高度20000キロで金星に向け天頂望遠鏡をセットした後、対地球加速度1G、船内加速度1Gで中間地点まで加速。中間地点で反転後1Gで減速し金星を目指します。

 自動操縦セット。……。

 セット確認」


「明日香、ご苦労」


「明日香さん、ご苦労さま」


「明日香、かっこいい」


 主推進器のキオエスタトロンの作動音がやや大きくなり、スカイスフィアが加速を始め、明日香の操作卓上のモニターに映し出される周囲の情景が数分で星の世界に切り替わった。


「真理亜、しばらく船内加速度は2Gが続くけど、あと30分くらい我慢して」


「了解。これくらいなら大丈夫。

 この状態でトイレに行きたくなったらどうしよう?」


「どうしても我慢できないようならトイレにいかなくちゃダメだけど、30分くらいなら我慢できるでしょ?」


「聞いてみただけだったんだけど、なんだかトイレにいきたくなってきた」


「もう真理亜ったら」


「でも、30分なら大丈夫。その間にもGは小さくなっていくんでしょ?」


「まあね」


「それなら安心。

 安心したら引っ込んだみたい」


「もう、真理亜ったら」


 翔太も圭一も二人の会話にはついていけなかった。




注1:

この物語で想定しているこの時点での金星の見え方が確認できなかったので金星の位置は想像です。

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