第19話 金星旅行1


 組立工場内では、スカイスフィアの小規模な改修と取り寄せた天体観測用の機材の据付等を終えた。そう言った工事の間何度か阿木真理亜は組立工場を訪れている。


 スカイスフィアの天頂部には飛行目標設定用望遠鏡が備え付けられた。この望遠鏡が捉えた天体に向かってスカイスフィアの推進軸を同期させるよう明日香はプログラムを組んでるので、天頂望遠鏡で飛行目標を捉えさえすれば、スカイスフィアはまちがいなく目標に向かって飛行することができる。減速時にスカイスフィアは180度回頭するのでその役割は天底望遠鏡に引き継がれる


 さらに望遠鏡が設置された半球型キャノピーがスカイスフィアの赤道部に3カ所設けられており、それらの望遠鏡の最低でも1基の望遠鏡は必ず地球を捉えるようにプログラムされている。これによりスカイスフィアは宇宙で迷子になることなく地球に帰還することが可能になると考えられている。また天頂部には飛行目標設定用望遠鏡の他、天体用電波測距儀も設置している。


 さらに第2デッキには真理亜用に天体観測室を設け、そこには大型望遠鏡が設置されている。


「真理亜の要望通りの大型の望遠鏡も設置したからね」


「ありがとう。あの望遠鏡は高価だからダメ元で要望しただけだったんだよね」


「圭一兄さんお金持ちだから、そういったことは気にしないほうがいいよ」


「庶民のわたしから見て、明日香のうちは大金持ちだと思っていたけど、山田社長ってそんなに凄いの?」


「見た目はアレだけど、うちの何百倍の資産を持ってるんじゃない」


「そんなに!」


「そういうこと。

 望遠鏡がらみの微調整はそのうち真理亜にやってもらうことになるけど」


「それは当然よ」


「いよいよ週末は引っ越しね」


「うん」


「同じマンションだから手伝いに行ってあげるね」


「引越屋さんが全部やってくれるから手伝いはいいわ。その代わりお酒とおつまみをお願いしようかな」


「任せて。

 でも、次の日は真理亜の初出社と歓迎会だからあんまり飲めないわよ」


「一日置けば平気よ」


「真理亜は本当にお酒が好きね」


「お酒お飲むと気持ちは良くなるだけで、気分が悪くなるってことがないからいくら飲んでも平気なの。その分お金もかかるんだけどね」


「天文台の助手の時は厳しかったかもしれないけど、ここのお給料を全部お酒につぎ込むのはいくら真理亜でも無理だと思うわよ」


「期待してるわ。そういえば、宇宙に長期間出かけるときってお酒は持っていけるのかしら」


「船長は圭一兄さんだからあとで聞いといてあげる。いくらでもってことはないけど1トンとか2トンくらいまでなら持っていけると思うよ」


「トン単位なの?」


「重さは軽いほうがいいに決まっているけれど、スカイスフィアはロケットみたいに質量に対してシビアじゃないし、推力にも船内空間にもかなり余裕があるから」


「ねえ、スカイスフィアってどういう原理で宇宙そらを飛ぶの?」


「原理は翔太さんも圭一兄さんも分からないんだって。推力を発生させる現象がある条件のもとで起きることを突き止めてそれを利用しているだけなの。

 そういえば研究所も組立工場も圭一兄さんの屋敷も今では研究所の発電機で作った電気を使っているのよ。それはさっき言った現象とは違う現象を利用しているの。

 歓迎会の時、翔太さんに聞いてみれば詳しく話してくれると思うよ」


「お酒を飲むのが忙しくて聞くの忘れそう」


「歓迎会では真理亜のためにお酒を大量に用意しておくよう圭一兄さんに伝えておくわ」


「明日香、そこだけはきっちりお願いするわよ」


「もう、真理亜ったら」






 三日後。阿木真理亜の引っ越しが終わり、その翌日明日香と二人そろって研究所に出勤した。真理亜はしっかりしていたが明日香は二日酔い気味だったので、出勤には真理亜の車を使っている。


 研究所に到着後、明日香は阿木真理亜用に研究所のセキュリティーの設定など済ませた。真理亜の席は所長の翔太の隣りに作られている。




 真理亜を迎えたところで、その日は会議室で今後の大まかな飛行計画を立てていくことにした。


「阿木さんようこそ」


「よろしくお願いします」


「さっそくだけど、つぎにスカイスフィアの向かう先を決めて準備をしようと思っているんだ。なにか阿木さんに希望はあるかな?」


「みなさんはもう月に飛んで行ったようですから、次は順当に火星でしょうか」


「やはりそうですよね。

 現在の火星の位置を調べて計画を立てましょう」


「次の出発予定日はいつになりますか?」


「準備ができ次第ですから、計画を立てて消費物資を積み込むだけだから、10日から2週間後くらいでしょうか」


「分かりました。

 確認は必要ですが、そのころ地球と火星との距離は2億キロ強、金星までの距離は4千万キロ程度と思います」


「となると、まずは金星か」


 そこで、圭一がスマホの電卓をたたき、


「前回同様対地加速度1Gで中間地点2千万キロまで加速して、そこから同じく減速するとして、……、中間地点まで17.75時間。片道35.5時間だ。往復で71時間」


「ということは丸三日か。

 2度目の飛行という意味ではピッタリじゃないか」と、翔太。


「三日分の物資となると、大した量じゃないし、1週間後には飛べるな。

 じゃあ、そう言うことで準備を進めよう」


「どうせ、飛行は自動で操縦できるから、三日も星ばかり見てたら退屈するんじゃない?」と、明日香が言うと、真理亜が、


「わたしはたった三日じゃ少なすぎるくらいと思う」


「真理亜はね。

 わたしたちは、映画やら音楽ソフトを大量に用意しておいた方がいいわよね?」


「それもそうだな。今回は三日でも次回は長くなるから適当に明日香が選んで、会社の経費で落としてくれ」


「了解。音楽はクラシックでいいとしても、なにか映画とかで好みでもある?」


「俺は宇宙物の映画だな」


「僕はほのぼの系アニメ」


「じゃあ、わたしは、ホラー系にしようかな」


「それだけは止めてくれ」「僕からもお願いします」


「あら? 二人ともホラーがダメなの? いいことを聞いたわ。ウッシッシ」


「こらっ! 明日香、経費は出せないぞ!」


「いいもん、自分で買うもん」


「ホラーを見るときは自分ひとりで操縦席で見ろよな」


「わかったわよ。

 真理亜はホラー大丈夫よね?」


「え? 何? ごめん、望遠鏡のこと考えてた」


「もう、真理亜ったら」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る