第15話 スカイスフィア、試験飛行1、月へ


 スカイスフィアが竣工し、翌日燃料となる水素ガスボンベが積み込まれた。船内浄水タンク、用水タンクは、水道水で半分ほど満たされている。今回は長期飛行用の物資は必要ないため、初飛行時におけるスカイスフィアの質量は400トンを想定している。


 試運転を兼ねた処女飛行は月までの往復、7時間程度を考えているため、食料品などは出発時飲み物等を各自で持参する程度だ。



 スカイスフィアの内部だが、北半球、南半球ともそれぞれ2層に分かれており、その間はラッタルで移動する。


 各層は上から順に第1デッキ、第2デッキ、第3デッキ、船倉と呼ぶことにしている。ハッチは第3デッキにあるため、スカイスフィアに乗り込むときや物品を運び込むために、組立工場の床から斜路がハッチまで伸びている。重量物の運搬は電動カートを使用する。


 下から、最下層、船倉はタンクと排水処理設備、ポンプ室が設置されており、その上の第3デッキにはタンクと予備部品や工具類置き場と食料品などの冷凍庫、空気、水浄化設備が設置されている。予備部品には、予備のキオエスタトロンも含まれている。


 北半球の下の層の第2デッキには、超長期の宇宙旅行も可能なようにリビングダイニングと台所、シャワー室、トイレと言った一般家庭と大差ない造りになっている。また、周囲には展望窓キャノピーもある。


 北半球の上の層の第1デッキには、スカイスフィアの中でただ一つの気密室である操縦室を設けており、その他に物置、乗員のベッドルームを兼ねた個室となっているが個室にベッド等はまだ据え付けられていない。


 スカイスフィアの操縦室内には操縦卓が設けられ下の段に3枚、上の段に1枚、計4枚のモニターとキーボード、それにマウスが置かれている。モニターとキーボードは固定されているがマウスはもちろん固定されていない。操縦卓に付属する椅子リクライニングシートにはシートベルトが取り付けられており、床に固定されている。


 操縦席の後ろの左右に、シートベルトが取り付けられた圭一の席と翔太の席が設けられている。


 また、操縦室にはスカイスフィア本体とは独立した酸素発生装置と二酸化炭素除去装置が取り付けられている。



 竣工から5日目。前日までに飛行準備も整い、今日は試験飛行予定日。


 試験飛行開始は午前8時30分を予定している。組立工場の屋根は既に開かれている。


 8時0分。


 翔太、圭一、明日香の3人は、普段着でスカイスフィアに乗り込んでいった。圭一の屋敷の使用人たちが、組立工場の中で、ハッチに入っていった3人を見送っている。中のひとりはビデオカメラを持ってこれからスカイスフィアの離昇から飛行までを記録する。


 スカイスフィアの中に入った3人は各部の最終点検を行った。翔太と圭一は各部を回って目視点検、明日香は操縦室に入り操縦席からセンサー類をチェックしている。ここからは、スカイスフィアの外殻の各所と操縦室内に取り付けられたカメラが捉えた映像とは全て記録されていく。


 8時30分


「最終点検、各部異常なし」「異常なし」。翔太と圭一も操縦室に戻った。操縦席の気密ロックは非常時以外ではロックしないので開放状態で固定されている。


「センサー類正常。

 スカイスフィア、主電源装置起動。電圧正常。内部電源に切り替え。

 外部電力切断」


 明日香が手際よく発進シークエンスをこなしていく。翔太と圭一は明日香の左右に立ってそれぞれ片手を明日香の座るシートの背もたれの上に置き、周囲の状況を映し出しているモニターを見つめている。


 スカイスフィアに接続されていた外部電源プラグが抜け落ち、外部電源から内部電源に切り替わった。



「架台でのスカイスフィアの計測重量は402トン。離昇推力403トンをセット。

 主推進器起動。

 推力上昇、10トン、計測重量392トン。

 推力200トン、計測重量202トン。

 推力403トン、計測重量0。スカイスフィア離昇」


 3人ともニンマリ笑っている。


「スカイスフィア、微速上昇」


 架台を離れたスカイスフィアがゆっくりと上昇を始め、組立工場の開け放たれた屋根から全貌を現した。空は快晴、西の山の端に白く半月が見えた。


 圭太の屋敷の使用人たちは口を半分開けて銀色に輝くスカイスフィアを眺めている。


「これより、スカイスフィア、船内加速度2Gまで加速し、高度100キロで月に向け方向転換した後、対地球加速度1Gで中間地点まで加速。中間地点で反転後1Gで減速し月を目指します」


 高度100キロ程度では地球の重力加速度は毎秒毎秒9.5メートルなのでほとんど1Gだ。高度2万キロあたりで地球の重力の影響はほとんど無くなる。


 翔太と圭一は各自の席に座り6点式シートベルトを締めた。



 今回の飛行計画は、


 対地球加速度1G(船内2G)で高度100キロまで上昇し月に向けて方向転換した後、それ以降対地球加速度1Gで月までの中間地点である19万キロまで飛行。中間地点で方向転換したのち月まで減速し、月を楕円軌道で半周したのち地球に向かって加速。再度中間地点で方向転換して減速する。


 時間にして片道約210分、往復で7時間少々。帰還予定時刻は午後3時35分としている。


 離陸時からしばらく地球の重力は1Gなので船内加速度は2Gとなるが徐々に地球の重力は減少し離陸後約30分で到達する上空2万キロになればほとんど影響がなくなり船内加速度は1Gとなる。


 椅子に座っての体感1Gはさほど辛いわけではなかった。立ち上がるとさすがに体重を感じたがそれほど重いわけでもない。


「圭一、ボートのトレーニングに良さそうだな」


「トレーニングに使うなら、酸素濃度を上げるのもアリだし、船内気圧を下げて高地練習もアリだな。将来的に長時間宇宙旅行する時にはエルゴ(注1)を持ち込んでやろう」


「確かに。何もしなくてもトレーニングになりそだしな」


「それって、ダイエットに最適じゃない?」


「それはいえるな。将来的に回転シリンダー型の宇宙コロニーなんかができたら、その中に高重力エステとかできそうだな」


「できそうよね」




注1:エルゴ

ローイングエルゴメーターの略。ボート選手の陸上訓練マシーン。前後に移動できるシートに座り、足、腰、腕を使ってオールに見立てたバーを引くことでトレーニングする。バーはワイヤーで繋がっており、負荷の調節が可能。漕力の測定などもできる。


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