第14話 スカイスフィア建造2、竣工
スカイスフィアの組立工場と周辺建物も完成した。
守秘義務契約書にサインした造船会社の作業員たちも宿舎入りしており、賄などの人員も宿舎に入っている。搬入される高張力鋼板は球面の一部になるようにプレス加工されて、取り付け位置を示す記号番号が振られている。ちなみに高張力鋼は造船会社の手持ちの資材で手当てできるが、超高張力鋼の手当には3カ月ほどかかるということだったため、使用鋼材は高張力鋼としている。
作業員たちは、図面に従って、架台の上でクレーンに吊るされた高張力鋼板を記号番号順に溶接していく。なお、架台は重量計も兼ねており、スカイスフィアの全重量を直接計測できる。
組立工場での組立作業の傍ら、翔太たちは、出来上がった遠心力発生装置で、船内に取り付ける機材の対G性能を検査していった。5Gの加速で問題が出る機材については速やかに改修を行い、全ての機材を5G対応することができた。
組立工場内では、
下から上に向かって三分の二ほどスカイスフィアの外殻ができ上ったところで、内部の構造材が取り付けられ、引き続き残りの外殻の鋼板を取り付けつつ内部構造としてデッキやラッタル、各種タンクが作られていった。
機材の搬入のため最上部の鋼板張り付け作業を残してスカイスフィアの外殻および内部構造作業は完了した。船で言えば進水状態だ。
これから、本番の艤装工事が始まる。艤装工事では、外殻に多数の孔を空け、外殻の内側に不燃性断熱材を貼り、配管配線工事と並行して、外殻にハッチやキャノピー、センサー類を取り付ける。最後に大型の機器類が据え付けられると物品搬入用に残していた最上部の孔が閉じられ、内側の断熱材貼り付け作業などが終われば一応完工となる。
最後に空気をコンプレッサーで圧送し気密テストを行い、気密性に問題がなければ、造船所の作業員たちの作業は終了する。それに前後して翔太たちによる内部の機材、機器テストが終われば竣工となる。
ということで、艤装工事が始まった。
まずは推進器の取り付けだ。推進器本体であるX金属板の入った水素チャンバーは直系70センチほどの球体で、鍛造特殊鋼製だ。2000トンの荷重を発生させそれに耐えなくてはならないためかなり大掛かりなものになっている。
単体重量も1.3トンもあるので、クレーンで吊るして天頂部の搬入用の孔から船内に下ろして取り付けられた。後の装置の取り付けはそれほど大掛かりなものはなく、どんどん搬入されて据え付けられて行った。
造船会社から派遣された作業員たちから見れば、スカイスフィアの形はタダの球型タンクだし、それほど複雑な作業ではなかったため、予定通りスカイスフィアは竣工した。
組立工場の中は作業員たちの手によってすっかり片付けられており、台座の上に乗ったスカイスフィアの外殻は鏡面加工されているわけではないが磨き上げられて明り取りの窓から差す光で輝いている。
竣工パーティーは最終日の夕方、組立工場の前で行われた。
「みなさん、ありがとうございます」
圭一が作業員たちをねぎらった。これまで守秘義務もあり現場監督のエンジニアでさえ自分たちが何を作っているのかは正確に理解しておらず、金持ちの道楽で球型の家でも作っているのかと想像していたようだ。そのうち、気密試験までしたところを見ればこのまま海に沈めて水中ハウスにするのだろうかとも思ったが、この大きさ、この重量の物を移動させる手段がないし、それなら最初から造船所で作ったはずなのでその考えは捨てて、悶々としていた。
このまま何も知らずに現場を離れるのも残念に思った現場監督は、圭一に聞いてきた。
「ところで、山田さん、結局これは何だったんですか? もちろん秘密は口外しません」
「守秘義務契約もあるし、また仕事を頼むこともあるでしょうから、いいですよ。
実はこれ、宇宙船なんです」
「宇宙船?」
「詳しいことは話せませんが、この中に飛行に必要な物資を積み込めばすぐにでも宇宙に飛んでいけるんです」
「そ、そうなんですね」
確かに、組立工場の屋根は可動式になっているため眼の前のガスタンクに飛行能力があるのなら、空に飛び立つことはできる。あくまで、飛行能力があればの話だ。
圭一はそれ以降現場監督に話しかけられることはなかった。ちょっと危ない資産家と思われたようだ。
翔太と明日香も作業員たちに交じってビールを飲んで上機嫌である。
陽が沈み暗くなったところで、竣工祝いはお開きになり、造船所から派遣された面々はいったん宿舎に引き上げた。彼らは、翌日派遣先の造船会社からの迎えのバスに乗り帰社することになる。
パーティーが引けていったん圭一の屋敷に引きあげた3人は、居間で寛ぎながら会話を始めた。各自思い思いの飲み物を手にしている。
「翔太さん、スカイスフィア、完成しちゃったわねー」
「明日、明後日で資材を積み込んだら離昇テストか。こんなに早く実物が完成するとは思わなかったよ。
圭一、飛行許可はどうなってるんだっけ?」
「一応5日後に初飛行するつもりで飛行許可を取っている」
「5日後か、ワクワクするなー。
最初は月にいってみるか?」
「そうだな、月まで38万キロ。行きを1Gで加速して、帰りを1Gで減速だな」そういって圭一がスマホを取り出し、
「38万キロを1Gで単純に加速したとして、えーと、……。片道8800秒、2時間30分弱だ。その時の速度は秒速86キロか。エラいもんだな。月の直径が3500キロだから40秒で通り過ぎる。実際は折り返すために、途中で逆向きに加速するから、もう少し時間がかかるな。
中間地点19万キロで逆向きに1Gで加速するとして、約6200秒。2倍して約12500秒。片道3時間30分。往復で7時間。
飛び上がってしばらくの間は地球の重力を目いっぱい受けるから、対地加速度を1Gにするには船内加速度を2Gにする必要があるな。それも地球の重力圏を抜けるまでのせいぜい2、30分の辛抱だ。それくらいなら特に訓練しているわけでもないが俺たちでも我慢できるだろう。
問題は中間地点での方向転換だ。そこで回頭時の遠心力以外、船内加速度はゼロになるから辛いぞ。そこは我慢するしかないが」
「わたしは鍛えているから、フリーフォールでも大丈夫。そう言えば圭一兄さん、
わたしもスカイスフィアの試運転に連れっていってくれるのよね?」
「明日香は地上に残して連絡要員にしようと思っていたが、連絡要員と言っても、何か宇宙で起きたとしても何もできるわけじゃないし、世間話をするくらいだものな。操縦プログラムを作ったのも明日香だし」
「なら、連れて行ってくれるのね?」
「翔太、明日香がこういっているがどうする?」
「危険なことならもちろん止めるけど、自分で言うのも変だけど、月まで行って帰ってくるくらいなら心配ないんじゃないか」
「明日香、翔太もいいって言ってるみたいだから、連れていってやるよ」
「ヤッター!」
「それじゃあ、明日香は操縦士兼スカイスフィアのシステムエンジニアだな。
俺が船長で、翔太が副長兼機関長だ」
「「了解、船長!」」
「ねえ、操縦士はいいんだけど、機関長みたいな何かカッコいい呼び名がないの?」
「それなら、明日香は航海長でどうだ?」
「じゃあ、それにする」
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