第12話 DORA(ドーラ)


「それで、ドローンなんだけど、名まえはないの?」


「名まえか。ドローンじゃダメなのか?」と、圭一。


「それじゃあ、味気なさすぎだし、そこらのおもちゃのドローンと区別できないわよ」


「それじゃあDORAドーラはどうだろう」


「翔太、それってもしかして、ハインラインのあのSF(注1)にでてきた」


「圭一も読んでたのか」


「読んだのはかなり前だけどな。あれは感動したな。いろいろ話が詰まっていたけど、ドーラの話は特に良かった」


「ねえ、どんな話だったの?」


「何千年も生きている不老の主人公が、ドーラと言う名の女の子を拾って、そのうち結ばれるんだ。主人公の妻となったドーラは、老けながら若作りを、夫はフケ顔を作ってな。

 ドーラが亡くなったあと、主人公は一人乗りの宇宙船に乗って旅をするんだが、その宇宙船に組み込まれたAIはドーラの人格を与えられているんだよ。子どものときのままのな。

 確かこんな話だった」


「なんだか、悲しい話ね。

 そういえば、SFじゃなかったけど、それに似た話の映画(注2)もあったわ」


「将来的にはAIを宇宙船に積み込みたいな。小説の中のドーラほどじゃないにしても、適当に指示すれば好きなところに飛んでいってくれるような」


「あら、それくらいなら簡単。とまでは言わないけれど、時間さえあれば可能よ」


「そう言えば明日香はそっちも専門だったな。時間が有ったら頼むよ」


「前向きに考えておくわ。

 そろそろ、お昼だけどどうする?」


自宅うちからここにサンドイッチでも届けてもらおう。

 飲み物は何にする?」


「こっちでコーヒーを淹れればいいでしょう」


 圭一がスマホで屋敷に連絡を取った。研究所にサンドイッチが届けられる間、飲み物の準備を明日香がしている。


 15分ほどでバスケットに入ったサンドイッチが届けられた。




 食事も終わり、3人は研究所を出てDORAドーラと名づけられたドローンの前に集まった。


「それじゃあそろそろ、本番にいってみるか。

 まさかここでこけることはないと思うが、上から落っこちてきたら1トン以上あるから真下には立たないように」と、翔太が注意する。


「翔太さん、縁起の悪いこと言わないでよ」


「俺が設計したんだ。絶対とは言わないが、さすがにこの程度の物で失敗はないと思うぞ」



 翔太がドーラの内部を最後にざっと見まわしてハッチを閉めた。


 玄関前に置いたテーブルの上にはノートパソコンが置いてあり、明日香が席に着いている。


「明日香、発電機を起動させてくれ」


「発電機起動。

 正常起動。電圧正常。

 各センサー、基準値で正常」



「推進器起動、出力は最小だ」


「推進器起動。出力最小。

 現在推力0.1トン、推力方向は鉛直。架台にかかる荷重1トンちょうど」


「推力を1.1トンまで上昇」


「推力1.1トンまで上昇しました。荷重ゼロ。

 ドーラ離昇確認!」


 3人から笑みが漏れた。


 DORAドーラがわずかに架台から浮き上がり、ゆっくり上昇している。


「推力2.2トン、対地1Gで高度100メートルまで上げてみよう」


「推力2.2トン。

 高度10、30、60、100、推力1.1で停止」


 4秒ちょっとでDORAドーラは100メートルの高さまで上っていった。


「たった1Gの加速だったが、あっという間に100メートルまで上ったな」


 ノートパソコンのディスプレイには各種センサーの数値の背景としてDORAドーラから見た四方の景色が映っている。


「次は水平方向の移動と方向転換だ」


「了解。横方向の最大Gを2Gにセット」


「そんなこともできるのか?」


「当然じゃない。宇宙だと不要なんでしょうけど、地上だと水平飛行時には上向きの分力が常に1Gになるようにしなくちゃいけないから、推進器の仰角を自動的に調節してるの。ヘリコプターのローター制御は操縦士の勘でやってるのかもしれないけれどやってることはそれと一緒よ。

 これが月の上なら、いったん空中で停止して上向きの推力から重力加速度を計算するから、月の上でもちゃんと水平飛行できるわよ」


「有人で宇宙に出る時は、できるだけ下向きに1Gの重力がかかるよう飛行したいから、このままでいいぞ」


「そうだったわね。組み込んだかいがあったわ。加速中はいいけど減速を始める時はどうするの? 減速するということは、加速のベクトル方向が逆転するってことだから、いったん0Gになるんじゃない?」


「そこは仕方ないな。数秒の辛抱だろうから我慢するしかない」


 会話してる間にも試験は進行していく。


 ……。


「水平飛行も問題なし。

 いったん着陸して、それから加速度試験だな」


「了解。

 帰投命令はCtrl+Homeボタンで一発なのよ」


 明日香の言葉通り、DORAドーラは数秒下向きに加速したあと減速してピッタリ設置台の上に着陸した。


「見事だな。手動じゃこうはいかないぞ」


「圭一兄さん、私のこと見直した?」


「レーザー高度計と近距離レーザー測距計を状況によって使い分けていたところは、さすがは明日香だ」


「フフフ。

 次は、いったん飛び上がって水平方向の加速度試験だけど、どうする? すぐに圭一兄さんの土地を通りすぎちゃうよ」


「そうだな。ここから東方向2キロはうちの土地だから、その範囲で試験をしよう」


「えーと、加速距離が1キロで4Gだと、……、7秒か。4Gで7秒加速するわね。それだと最終速度が秒速280メートルだから、マッハ0.8だわ。音速を越えると何が起こるか分からないからちょうどいいわね」


「「了解」」


 DORAドーラは高度100まで上昇したところで一旦停止した。


「それじゃあ加速4G7秒、北方向。加速!」


 最初の20メートルは目で追えたが、そこから先は目で追えなかった。


「…、5、6、加速停止。

 対地速度が0になるまでかなり進むわね。止まったらゆっくりここに帰らせましょう。

 計器でみるかぎりだけど4Gの加速ではどこも異常なし」



 加速度試験を実施後、DORAドーラは設置台の上に戻ってきた。


 着陸したDORAドーラのハッチを開けて翔太が中に入って機器をチェックしていく。


「異常なし!」


 キオエスタトロンは特に対G強化を施していなかったが4G程度の加速度で問題は起こらなかった。


 DORA《ドーラ》の試運転は成功裏に終了した。




注1:ハインラインのあのSF

ご存じの方も多いと思いますが『愛に時間を』


注2:それに似た話の映画

『ハイランダー』。不死者である主人公が一般人の妻と別れるくだり。ファンタジーなんでしょうが、これも良かった。『愛に時間を』と話がごっちゃになった可能性も少しあります。

 蛇足ですが、それらを思いだした作者が『真・巻き込まれ召喚。~』のエンディングを書きました。



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