第10話 試験3、目途


 スカイスフィア研究所では各種の試験装置が揃い翔太たちは試験を再開した。


 水素ガスを充てんした試験用チャンバーで各種の試験を行った結果、


 電流で10倍、推進力で100倍効率がアップした。


 この状態でキオエスタトロンの出力を上げてしまうと発電試験ではX金属の試料そのものが溶融しかねず、また推進力の試験装置が壊れかねないため、キオエスタトロンの出力に対する試験は行えなかった。


 キオエスタトロンを最小出力にセットし1メートルの距離をおいた状況で、1気圧の水素雰囲気中のX金属1グラムが作り出す推力は推定0.1トン、電流は10アンペアだった。10気圧まで水素の圧力を上げたところ、その間は水素圧力に比例して推力と電流は増減した。



「圭一、ちょっと、疑問なんだがな」


「なんだ?」


「試料のX金属なんだが、試料はたったの10グラム、体積で言えば0.5立法センチで推力が1トンだっただろ?」


「そうだったな」


「プラチナは、そこまで強靭な金属じゃないと思うんだ。X金属は試験後も全く変形していなかった。たった0.5立法センチのX金属が1トンの力に耐えられると思うか?」


「確かに無理だろうな。ということはどういうことだ?」


「力はステンレス製の試料ケースで発生していると考えたほうがいいんじゃないか?」


「試しに、樹脂製のケースに入れて見るか」


「やってみよう」


 X金属を樹脂製のケースに入れ試験を行った結果、予想通り力は発生しなかった。再度ステンレス製のケースに入れて試験を行ったところちゃんと力が発生した。



「思った通りの試験結果だったな。キオエスタトロン影響下で、X金属からなにがしかの場が発生してステンレスに力が発生したんだろう。ステンレス製の真空チャンバーに影響がなかったところを見ると、この場の距離による減衰はかなり急激なんじゃないか?」


「そうだな」


「いずれにせよ、この結果はラッキーだ」


「どういうことだ?」


「これまで考えていたように、X金属そのものに力が発生していたとすると、X金属が自分の力で押しつぶされて層構造が破壊されていたかもしれない」


「確かに」


「ステンレス鋼なら相当丈夫だから潰れることはないだろう。ただ、水素雰囲気中だとキオエスタトロンの出力に敏感過ぎるところは扱いづらい。

 キオエスタトロンの出力をこれ以上下げると場が発生しなくなるから難しいところだ。

 水素の供給を定常では0.1気圧とするよう圧力弁を調整しておくか」


「そうだな。キオエスタトロンの出力で推力と電流を調整した方が簡単だし安全だろう」


「翔太。推進器の方はX金属は10センチ角、厚さ5ミリ程度でいいんじゃないか? 重さにするとそれでも1キロだが」


「わかった。方向を見て10センチ角、厚さ5ミリでX金属を切り出して準備しておくよ。

 発電機の方はどうする?」


「あまり小さすぎると溶けてしまうかもしれないけれど、それでも100グラムもあれば十分じゃないか? 水素ガスの濃度とキオエスタトロンの出力で調節可能だし」


「了解」


「頼んだ。

 宇宙への目途はついたが、燃料となる水素ガスをボンベで積み込むだけだと不安じゃないか?」


「消費量はかなり少ないと思うけどな。不安なら水素くらい水の電気分解で作ればいいだろう。空気中の水素でさえ使えたんだから純度は必要ないみたいだ。簡単な装置でいいと思うぞ」


「そもそも水蒸気の中の水素でも反応するみたいだから、扱いは面倒になるが水中でも反応するかも知れない。水でもいけるかちょっと実験してみた方がいいな」


「そうだな」


「水中での発電は面倒だから、試料ケースを水に沈めて推力が生れるか様子を見るか」


「だな」


 すぐに二人は洗面器の中に水を入れて、その中に試料ケースを沈めキオエスタトロンを起動した。


 場の方向は推力の生れる方向だったが、試料ケースは洗面器の底で微動だにしなかった。


「気体の水蒸気には反応したが、液体の水には反応しない。おかしいな」


「なあ、翔太、キオエスタトロンの場って水を透過するのかな?」


「コンクリートの壁は透過したし、金物とガラスでできた試験用チャンバーは透過したが、水については確認していない。発電中の試験用チャンバーとキオエスタトロンの間に水の壁を作ってどうなるか試してみよう。

 水の壁と言ってもどうやって作るかな?」


「水槽を間に置けばいいだろう」


「圭一は水槽持ってるのか?」


「いや。どこかのホームセンターで売ってるだろう。人をやるから1時間くらい休憩しよう」


 圭太はそう言って、スマホを取り出し、家の者に水槽を買ってくるよう指示した。


 そのあと二人は研究室の脇の休憩室に移動して、コーヒーメーカーでコーヒーの準備をしながら、


明日香あすかー、コーヒー淹れるからお前も来いよー」


『いまいくー』


 地下にあるサーバールームから声がして、しばらくして明日香が現れた。


「二人とも休憩中なのね」


「機材を買いにうちの者をやってるところで、今はその待ち時間」


「買いに行くって、簡単に手に入るものなの?」


「水槽だから、ホームセンターにやったんだ」


「水槽を何に使うのかはわからないけど、順調のようで何よりね」


「いい線いってるよ。

 だいぶ目処も立ってきたからテスト飛行用の試作宇宙船を作ってみないか。宇宙船というか、無人のドローンだがな」


「それはいい案だな」


「推進装置用の水素チャンバーと小型のキオエスタトロン。発電用の水素チャンバーと小型のキオエスタトロン。推進装置は3次元で360度回転できるようにしておけばいいだろう。後は制御装置とセンサー類か」


「どのくらいのものを考えているんだ?」


「そうだなー。水素チャンバーとキオエスタトロンが二組、それに水素ボンベに周辺機器。大した容量を食うとは思えないけれど、無人機と言っても中で組み込み作業をする必要があるから、直径2メートルほどの球型でいいんじゃないか。外殻だけは外注しなければいけないが、艤装はここできるだろう。2メートルの球ならトラックで運搬できるし」


「わかった。推進機と発電機は任せてくれ」


「俺の方はその他の機材をなんとかする。センサー類のたぐいだが、メーカーに問い合わせれば何とかなるだろう。

 明日香は制御用のソフトを作ってくれないか?」


「詳しく聞かせてよ」


「要件とすれば、推進機の軸方向が3次元で変更でき、周囲をカメラを含めたセンサーで監視しつつ姿勢を制御するって感じかな」


「普通のドローンみたいに人が外部から操縦するわけじゃないの?」


「もちろんある程度は操縦する必要があるが、あっちへいけとか、帰ってこいくらいだろう」


「だいたいわかった。雛形はすぐできるから、後は設計が確定してインターフェースが決まってからね」


「よろしくな」


「任せて」


「ドローンが上手くいったら、いよいよ本番だ。

 裏山を削って組み立て工場を作る。作業員は市内のホテルから通わせてもいいが簡単な宿舎を工場の近くに建てておくか。その辺りそろそろ業者に発注しておいた方がいいな。部材の搬入には大型トレーラーを使うことになるだろうから道の拡幅も要るか」


「こんな山の中で宇宙を造るのか?」


「最初は俺が大株主の造船所で造ろうかと思ったが、やはりここの近くで作った方がいいだろ?」


「それはそうだな」


「翔太、これは宇宙船ができ上ってからの話だが、航空法か何かで規制されて日本の空は勝手に飛び回るわけにはいかないんだ。特に有人だとうるさい。

 設計図とかも添えて届け出だか申請とか必要になるはずなんだが、飛行原理とか公にはできないだろ? そこら辺をどうするかだな。弁護士と相談はしてみるが、そうそういい手は見つからないだろうな」


「圭一、自分で作った宇宙船なのに勝手に空を飛んじゃダメだと言われると困るな。真夜中、よそ様に迷惑がかからないように飛んでいっちゃだめなのか?」


「レーダーで監視している自衛隊は驚くだろうがそれだけだろうな。そもそも飛行機でもロケットでもないわけだからお手上げだろう。UFOというくくりになるだろうな」


「なら、それでいいんじゃないか?」


「見つかれば怒られるだろうが、一回くらいなら注意くらいで済むかもしれない。いずれにせよ、うちの弁護士が最終的にはなんとかしてくれるだろう。

 昔のSFにはバリアとかエネルギースクリーンとかあって敵の攻撃を防いだが、レーダーに映らないバリアが欲しいよな。そうすればヤリ放題だ」


「軍隊でもないのにステルスが欲しくなるとはな」




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