第8話 試験1、推力


 週が開け、圭一の屋敷で朝食をごちそうになった翔太はその足で研究所に入り、自席でモニターの電源を入れ、ブラウザーを立ち上げた。


 最初にメールを確認したが当然メールボックスは空だった。次にニュースなどを眺めて時間を潰していたら、堀口明日香が出勤してきた。


「おはよう」


「おはようございます。いまコーヒー淹れますね」


「明日香さん、気を使わなくてもいいよ」


「いえいえ、わたしがコーヒー飲みたいから」



 明日香は休憩室にあるコーヒーメーカーでコーヒーを淹れて、翔太に出し、自分は休憩室でコーヒーを飲んでいたら圭一もやって来た。明日香は残っていたコーヒーをカップに入れて圭一に渡した。


「明日香、サンキュー」


「夢の推進器とか発電機って話だけど、実際のところどうなの?」と明日香。


「言葉の通りだ。

 いままで宇宙にいくためには燃料を燃やして推進力を得てたわけだけど、俺たちの推進器はロケットみたいに燃料を燃やす必要がないんだ。だから、何段式のロケットみたいに先っちょ以外使い捨てしていくこともない」


「ふーん。まだ良く分からないけど。

 それで、発電機はどうなの?」


「太陽光発電を除いてたいていの発電機はコイルの中を磁石でできた回転子が回って発電してる。運動エネルギーが電気エネルギーに変換されたわけだ」


「うん」


「俺たちの発電機はある環境下で直接電気が発生するんだ」


「なにそれ。そんなことってあるの?」


「いちおうな。その物理プロセスは不明だが現象は利用できる。だろ?」


「やりようによったらノーベル賞ものなんじゃない?」


「おそらくそうだろうな。問題は量に限りのある特殊な材料が必要なので推進器にせよ発電機にせよ作ることに数量的な制限があるんだよ。

 そういったものは発表できないだろ?」


「たしかに」



 そういった話をしていたら、玄関に来客があった。


 明日香がドアを解錠し、来客の地元のエンジニア会社のエンジニアたちを応接室を兼ねた会議室に案内した。


 翔太と圭一も会議室に入り名刺を交換して会議が始まった。


 キオエスタトロンの基本図面等を圭一から渡されたエンジニアのトップは、その書類を精査し、


「これだけの資料があれば特に問題なく製作できます。

 何かご要望がありますか?」


「その資料の仕様では、場の発振強度が段階式なので、これを無段階に変更してください。問題ありませんよね」と、翔太が業者のエンジニアに尋ねた。


「その程度ならもちろん大丈夫です」


「出来を見てからだけど、小さくできるかな」と圭一。


「出力を抑えての小型化なら回路図を書き直して組み直すだけですから難しくはありません。これが同一出力で小型化となると排熱関係からの再設計になるので可能だとしても時間がかかります」


「了解」


「それで、完成はいつごろになりそうですか?」


「見積もりは明日の朝にでもこちらのアドレスにメールでお送りしますが、製作にゴーサインが出れば、内蔵マイコンのソースコードもありますし部品も特別なものは使われていないようですから、3日もいただければ十分です」


「わかりました」


 打ち合わせの終わった業者のエンジニアたちは引き上げていった。


「あのエンジニアたちに任せておけば間違いないよ」と、圭一。


「そうだな」



 翌日メールで送られてきた見積もりを圭一と翔太が確認し、製作のゴーサインを出した。正式な図面等の書類はメールでその際送っている。


 キオエスタトロンの製作にかかる3日間で、翔太は試料を作成していった。構造解析装置も今の研究室には設置されているため、作成した全てのX金属試料の層構造の方向を特定している。


 翔太はその作業に続いて、新たに導入した微量ガス分析装置(感度10ppbピーピービー)などを実際に使って装置の操作に慣れていった。



 そして打ち合わせ会議から4日目の朝、キオエスタトロンが先方のエンジニアによって研究所に届けられた。


 翔太と圭一とで、標準試料を用いて所定の計測を行い、異常などがないことを確認して受領した。


「ありがとうございます」


「それで、今回キオエスタトロンを組み上げた感想として小型化は可能そうでしたか?」と、翔太。


「思った以上に発熱がないようでしたので、小型化は十分可能です。

 見積り的には今回のものと同じ価格で納品可能です」


「了解。このキオエスタトロンを使ってそのほかの目途が立てば発注するから、その時はよろしく」と、圭一。


 エンジニアたちが引きあげていき、さっそく翔太はキオエスタトロン環境下でのX金属の特性について実験を開始した。今回はキオエスタトロンの出力を最小にしているので、一瞬で飛んで行ってしまうような極端な反応はないだろうと予想している。


 また、力が生れ試料が飛んでいったということは、何かが消費されているはずだ。そのことを検証するため、


 まず、試料ケース保持用の円筒ケースを作成した。円筒ケースの中で試料ケースは両端を弦巻バネで支えられているので、力が働けばバネが伸縮する。


 そして試料ケース、円筒ケースどちらにも小さな孔を数カ所空け、周囲が真空に成れば試料ケースも真空になるようにしている。


 この試料ケースの入った円筒ケースを真空チャンバーに入れて、真空装置で空気を抜いていく。


 力が発生した時何かが消費されるのなら、おそらく周囲の気体だろうとアタリを付けての試験である。円筒ケースは真空チャンバー内で方向を変えることも可能になっている。


「試験開始!」


 翔太と圭一が見守る中、真空装置の排気音が薄れていき、やがてモーターの音しかしなくなった。そこからも装置はチャンバーから排気を続け圧力計の数字が1Pa(パスカル)を指したところで翔太はキオエスタトロンを起動した。


 試料の向きはキオエスタトロンの場の方向から言って軸方向に力が発生する方向にセットしている。


「キオエスタトロン、起動」


 翔太は、最小限に出力を抑えてキオエスタトロンを起動した。


 真空チャンバーの覗き孔から円筒ケースを見るとバネが8分の1程度伸縮している。キオエスタトロンの出力をわずかに上げたところ、バネは4分の1程度伸縮した。


 正確ではないが、ざっくりキオエスタトロンの出力と発生する力の大きさは比例すると言ってもいいだろう。


 翔太と圭一が真空チャンバーの中の円筒ケースを眺めているあいだにも真空装置は排気を続けているため、真空チャンバー内の気圧は徐々に低下している。


 この状態で10分ほど様子を見ていたら、バネの伸縮がいきなり元に戻ってしまった。力の発生が止まったようだ。


 キオエスタトロンの出力を徐々に上げてみたが、この状態に変化はなかった。


「圭一、どう思う?」


「チャンバー内の何かが消費され尽くしたと考えるしかないんじゃないか」


「そうだよな。

 次はチャンバー内の元素の分析だな」


「この装置には気体元素の分析モジュールがついてたよな」


「そのために購入したところもあるからな」


「翔太、これを予想していたのか?」


「ある程度はな」


 残留気体の分析を行ったところ、酸素、窒素、その他の気体は大気とほぼ同じ比率だったが、水素と水蒸気が欠落していることが分かった。


「元素という意味で水素が消費されたと見ていいんじゃないか?」


「そうだよな。この分析では酸素が増えたのかどうかはわからないがおそらく大気中の水蒸気から水素が取れて酸素になってるな」


「次の実験は、キオエスタトロンの場の方向と、X金属の同位体が作る層の方向による抵抗の関係を調べてみる。今のは層に対して水平方向にキオエスタトロンの場の向きを合わせていたから、このまま垂直方向に回転させてみよう。

 15度ずつでいいな。

 15度。少し抵抗が減ったか? 30度だいぶ減ったぞ! 45度。計測下限を越えた。60度。変化なし、75度、90度、変化なし」


「翔太、もしこのチャンバー内に水素が残っていたらどうなっていたと思う?」


「抵抗がマイナスになった? 抵抗がマイナスってことは発電してた?」


「かもな」


「そうなると抵抗計でなく電流計と電圧計か」


「だな。さっそく取り寄せよう。午後には何とかなる」




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