第6話 引っ越し。堀口明日香


 引っ越しの荷物を送り出した翔太は自宅の戸締りをして、最後にブレーカーを落とし、愛車の軽に乗り込んで圭一の屋敷を目指した。軽の助手席にはあの隕石がバスタオルにくるまれて置かれている。いささか心もとないが、あまりの重さにスーツケースに入れることもできず、そうするしかなかった。


 夕方までには到着すると圭一には知らせている。引っ越しの荷物は明日の午前中に新研究所に届けられることになっているので、今日の夜は圭一の家で厄介になることになっている。



 午後4時過ぎ、翔太は圭一の屋敷に到着した


「やっと来たか」圭一が門の前で翔太を迎えてくれた。


 車を敷地の中にとめて、圭一の案内で研究所の前まで行く。


「まずは研究所を見てくれ」


 研究所の建屋を見上げると図面では知っていたが思った以上に大きかった。


 研究所の表玄関のカメラ付きインターホンの横に虹彩認証装置が付けられていて、そこに圭一が目を近づけるとロックが外れる音がして自動で扉が開いた。


「ここの虹彩登録は中でしかできない」


 表玄関と内ドアの間の壁に数字入力キーと小型のディスプレイが付いたカメラレンズがあり、圭一が数字を入力した。


「翔太、このレンズに目を近づけてくれ」


 翔太がレンズに目を近づけたところで、圭一が「3秒じっとして、その間瞬きするなよ」


「よし、登録完了」


 小型のディスプレイを見ると「Registeredレジスタード」と表示されていた。



 内ドアの先が玄関ホールで、玄関ホールの正面が会議室兼応接室、玄関ホールの横が研究室になっている。


 一部の機材を除いてすでに機材は搬入されているので、明日以降それらをチェックして、問題がなければ研究を始めることになるが、最初にキオエスタトロンの製作を外部委託する予定だ。


 研究室の奥には隕石保管用に大型金庫が据え付けてある。金庫は床のコンクリートに特殊鋼のボルトで固定されているため床を完全に破壊しない限り、重機でも動かすことはできない。


「翔太、台車が玄関に置いてあるから、それで隕石を運ぼう」


 運搬用の台車が玄関に置いてあったのでそれを使って隕石を車から運んで金庫の中に仕舞った。


「この金庫は基本的には生体認証なので面倒じゃない。そこに人差し指を当ててくれ」


 翔太が金庫の脇の生体認証用のスキャナーに人差し指を当てると、赤い走査線が舐めるように付け根側から指先へ、指先から付け根側に動いた。


「確認のために、指を一度離して人差し指を当ててくれ」


 もう一度赤い走査線が前後したところで、金庫の内部から機械音がして、ゆっくりと金庫の扉が開いた。


「な? 便利だろ。生体認証以外に鍵を使っても開けることはできるがかなり面倒だ。その指を無くすなよ。ほんとうなら、入り口同様虹彩確認でいければよかったが、金庫は出来合いのものだったんで金庫に付属の生体認証になった」



 圭一が研究室の窓際の机を指さし、


「そこの机がお前の机だ。

 セキュリティー関係の説明書とか、金庫の鍵とかダイヤルの設定数字の書いてあるカードは、机の引き出しに入れておいたからな」


 そのあと、研究所の中を圭一が翔太を連れて一回りし、いったん研究所を出た二人は、裏に回った。裏と言っているが、こちらが南向きなので日当たりは良い。


「ここが、お前の部屋だ。図面を見て分かっていると思うが、直接研究所から行き来はできない。面倒だが一度外に出て玄関から出入りする必要がある」


「こっちは普通の鍵で出入りする。

 えーとこれがここの鍵だ」


 圭一はポケットの中から3本ほど鍵の付いたリングを翔太に渡した。


 中に入ると、1階はリビングダイニングと台所、バスルームやトイレ。2階がベッドルームと物置になっていた。


「立派な家だな」


「少し狭いがな。一人住まいならこれくらいの方が住みやすいだろう。飯を作るのが面倒ならうちに食べに来ればいいだけだしな。

 で、引っ越しの荷物は明日だし、今日はお前の歓迎会だ。

 今までお前は企業の研究所で働いていたから、裏方仕事は専門の人がやっていただろ? 例えばネットワーク管理とか、物品の授受、支払いとか」


「そうだな。これからは全部一人でやらなくちゃならなくなるな」


「さすがにそれは無理があるだろうと思って、一人だがシステムエンジニアを雇うことにした。

 今日の歓迎会はその人物の歓迎会も兼ねている」


「どんな人だ」


「会えばわかる。実質的には研究所のナンバー2になるわけだからそれなりにデキル人物だ。

 歓迎会は6時からだから、少し早いがお茶でも飲んでいよう」


 圭一は翔太を連れて母屋に歩いていった。


 モダンな作りの2階建ての建物を前に、


「近くで見ると本当に大邸宅だな」


「まあな。田舎だと、ある程度の物を持っていないと格好がつかないこともあるんだよ」


「地元の名士ってわけだな」


「そう言うことだ」


 吹き抜けの玄関の先に広いリビングがあり、その先に、ダイニングキッチンが見えた。


「歓迎会と言っても、翔太と、俺ともう一人しかいないから、リビングで歓迎会だ」


 リビングの角にはソファーセットが置かれ、大型モニターやオーディオセットもそこに並んでいた。手前には真っ白いクロスのかかったテーブルが置いてあり、大きな花が飾ってあった。予定の6時前にはその上に料理などが並べられるのだろう。


 圭一と翔太がリビングの角のソファーに座っていたら、きっちりしたスーツを着た女性が紅茶を二人分乗せたトレイを持って現れた。


「どうぞ」


 紅茶を受け取り「ありがとう」翔太が礼を言うと、


「どういたしまして」とその女性がにっこり微笑んだ。


「さーて、みんな集まったようだから、時間は少し早いが始めるか」


 翔太は、圭太が紹介すると言っていた研究所のシステムエンジニアが現れていないので、不審に思ったのだが、よく考えたら、自分の目の前にいる女性がその人物だろうと思い至った。


「翔太、紹介しよう、この女性がお前の片腕になる、堀口明日香さんだ」


「堀口明日香です。よろしくお願いします」


 翔太は急いでソファーから立ち上がり、


「児玉翔太です。こちらこそよろしく」そう言って手を出した。


 堀口明日香は翔太から差し出された手を取って握手した。


「堀口明日香さんとか言ってさっき紹介したが、こいつは俺の従妹だ。気安く明日香と呼んでくれ。明日香の実家は東京なんだが、今丁度暇にしていたところだったんでこっちに呼んだんだ。今は市街の社宅・・で一人住まいだ」


 堀口明日香はにっこり微笑んで、


「そう言うことなので、明日香でお願いしますね、翔太さん」


「は、はい。明日香さん」



「おーい、そろそろ始めるから、料理と酒を頼むー!」


 台所から「はい!」という返事が返ってきた。


 その台所からエプロン姿の女性がテーブルまでワゴンを押して手際よく料理や酒類を並べ始めた。


 最初に並べられたビール瓶を持って圭一がまず翔太のグラスにビールを注ぎ、次に堀口明日香のグラスにビールを注いだ。それを待って翔太が圭一のグラスにビールを注いで、


「スカイスフィア研究所発足を祝って、乾杯!」


「「かんぱーい!」」


「面倒だから、こんなところでいいか。

 それじゃあ、どんどん食べてくれ。

 うちの連中を紹介しておかなくちゃな。

 おーい、みんな集合。翔太に自己紹介したら、各自パーティーに参加だ」


 厨房から、白いエプロンにシェフ帽を被ったおじさんと先ほどワゴンで料理と種類を運んだエプロン姿の若い女性がまずリビングに現れた。続いて、居間の向こうからスーツ姿の女性が現れた。


 シェフ帽を被ったおじさんが最初に自己紹介し、


「一橋光一と申します。お屋敷で食事を作っています」


 次にエプロン姿の若い女性が、


「多羅尾文子です。家事全般のお手伝いをしています」


 最後に入ってきた女性が自己紹介した。


「波内好子です。当家の全般を見ています」


「圭一の学校時代の友人で今日から隣の研究所に住むことになる児玉翔太です。よろしくお願いします」と、最後に翔太が自己紹介をした。


「波内さんはそのままでいいんだろうけど、二人は着替えてここに集合」


「「はい」」


 5分ほどで二人が私服に着替えて居間に戻ってきたたところで改めて乾杯があり、翔太の歓迎会は本格的に始まった。

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