第109話 関門海峡・壇ノ浦の戦い
俺は大友宗麟の家紋・大友抱き杏葉紋の旗を掲げた・・倭寇から借り上げたのか・・ジャンク船をあの巌流島の遥か遠くに見かけた。
俺は門司城の天守閣を駆け降りながら
「敵襲!海戦だ!開戦準備!」
と大声をあげて旧来からの旗艦であった海進丸の方に乗り込む。
提督旗替わりに造った織田家の家紋・織田木瓜(木瓜紋)の大きな旗が海進丸の中央マストに掲げられる。
これにより、この海戦の間は海進丸が旗艦である。
激しく織田式信号(モールス信号)によりヘンリー8世号等の今回の戦いに参加するガレオン船に戦術が送信される。
いずれの艦から
『了承』
と短く織田式信号で返答がきた。
今まで旗艦だった浮きドックと蒸気機関を載せた安宅船、それに追従していた関船群は現在の瀬戸町側・大阪湾側に位置を移し敵方の大友家艦隊から小高い門司城の陰に隠れて見えないようにとどまった。
関門海峡のほぼ出入り口付近にある壇ノ浦の古戦場で俺の率いるガレオン船団が大きく扇状に展開していく。
壇ノ浦の戦い・・・祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす。驕れる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。
で始まる平家物語・・平家の滅亡の場所で大戸宗麟との雌雄を決する戦いになるとは感慨深いものがある。
そんな思いで関門海峡の日本海側の出口・彦島の方向を見ると、大友宗麟の率いるジャンク船10艘と、なんとその中軍・6番艦にイスパニア(スペイン王国)の旗を掲げたガレオン船までもが縦列に加わって威風堂々と帆に風を受けて素晴らしい速度で壇ノ浦に向かって進軍してきたのだ。
俺にとっては
『飛んで火にいる夏の虫』
である。
どうしても旧来からの
『弓矢で他艦を攻撃しつつ横付けして乗り込み制圧・拿捕する。』
という海戦での戦法が身に付いているのだ。
今回の戦いも大友宗麟の艦隊は追い風に乗って俺の艦隊に体当たりするようにして横付けして乗り込んでくるつもりだ。
弓矢から青銅砲に替わりつつあるとはいえ、弓矢でも300メートルほど飛ぶが命中精度はガクリと落ちて80メートル程が有効射程距離である。
弓矢からとって変わった青銅砲の有効射程距離は800メートルから1000メートル(1キロ)である。
向かって来る帆船の速度が4ノット(約時速8キロ)から7ノット(約時速14キロ)ほどだ。
そこで青銅砲の有効射程距離を1キロとすると追い風を受けているので7ノットの速度で走ってくる帆船がその1キロの砲弾が飛び交う危険地帯を乗り切るための残された時間は4分ほどになるのだ。
大友宗麟の艦隊は追い風に乗っているので約7ノットの速度で青銅砲のもたらす4分間の危険地帯を乗り切り俺達の艦隊の懐に飛び込もうと突っ込んできた。
彼等にとっては長い4分かも知れないが、それを乗り切れば敵戦艦に乗り込み制圧・拿捕でき織田家の富を手に入れれるとの思いの方が強かった。
これは旧来の青銅砲での話である。
俺の艦隊の片舷配備の砲は鋳鉄製の砲で有効射程距離は青銅砲の4~5倍もあるのだ。
彼等にとっては、ほんの4分が20分ほどに時間の間隔が延び、それに青銅砲が前装式で次弾を装填するのに時間がかかったのに対して、俺の艦隊の砲は後装式で短い時間で何発も撃てるのだ。
大友宗麟の艦隊は追い風という地の利を得て俺達の艦隊に肉薄する。
待ち受ける織田家の艦隊はこれまでの海戦で何度も使った事がある東郷平八郎元帥のT字戦法を今回も使う。
ただ狭い海峡での艦隊運用であり、自由に動き回って隊列が崩れ、僚艦同士が衝突するのを恐れて錨を降ろして海の上でガレオン船を要塞として敵艦隊を待ち受ける。
旗艦海進丸と隣に浮かぶヘンリー8世号との間の距離、大友艦隊が見える角度で今どこに大友艦隊がいるのかが分かる。・・・いわゆる三角測量というやつだ。
敵艦隊の先頭を走るジャンク船が約4キロの鋳鉄製大砲の有効射程距離圏内に入った。・・・う~んもう少し引き付けるか?!
先頭一番艦のジャンク船はついに3キロの圏内に入った。
後続の3隻(二番艦・三番艦・四番艦)程のジャンク船も4キロ圏内に入り、中軍のイスパニア(スペイン王国)のガレオン船・六番艦も4キロ圏内のほんの手前にいるのだ。
俺どころか艦隊乗務員の全てが手に汗を滲ませ・・・緊張で咽喉が枯れる・・・唇がカサカサしてくる。
俺は大きく深呼吸をし唇を湿らせると心の中で
『5・4・3・2・1・0』
と数えついに
「撃て!」
と号令を降す。
満を持して俺の乗る旗艦や僚艦の側舷から押し出されていた鋳鉄製大砲の砲口が火を噴く!
先頭・一番艦を走るジャンク船から見える織田家艦隊の最初の砲撃の発砲炎がはるか遠く離れているのを見てあざ笑った。
はるか遠い砲口からの発砲炎と
『ドーン』『ドーン』『ドーン』『ドーン』
と響き渡る発射音に多少の不安を覚えていたが、その不安が現実のものになった。
『バシャ』『バシャ』
と先頭を走るジャンク船の周りに高く上がる水飛沫!
ついにジャンク船の中央に
『ドカーン』
という大きな着弾音と共に大量の海水が雪崩れ込んでくる。
ジャンク船特有の水密隔壁で直ぐには沈没を免れているものの、雪崩れ込んだ海水によって速度がガクッと落ちれば格好の標的になるだけだ。
『ドカーン』『ドカーン』
と着弾音が増えれば、ジャンク船のマストがへし折れ、雪崩れ込んでくる海水の為に先頭の船の喫水線が下がり、転覆ついには水没してしまった。
先頭・一番艦のジャンク船が転覆水没をしたものの大友艦隊の勢いは落ちない。
何故なら使用する大砲が前装式の場合、次弾を装填する際に砲身内に残り火があれば最初にカルカで火薬を詰める際にその残り火で火薬が爆発し最悪の場合砲身が破裂してしまう。
それを防ぐ為に砲身内の清掃にも時間がかかるのだ。
後装式の場合その心配も必要もはほとんど無い。
大友艦隊の次艦・二番艦のジャンク船艦長も
「敵の弾込めの間に敵艦隊に辿り着ける!進め進め!進め!」
と大声で叱咤激励するも・・・次の瞬間織田家の艦隊の砲口が再び火を噴く
『ドーン』『ドーン』『ドーン』『ドーン』『ドーン』『ドーン』
と次艦・二番艦のジャンク船艦長にとっては聞きたくもない発砲音が聞こえた。
次艦・二番艦のジャンク船の周りを高い水飛沫が覆い隠しその水飛沫がおさまるとジャンク船の跡形も無かった。
次艦・二番艦のジャンク船だけがその悲劇に見舞われたわけでは無い。
この狭い海峡で無理に転舵しようものなら縦列で進軍している僚艦と激突してしまうのだ。
特に三番艦の艦長は慌てた、前方を追い風を受けて突き進んでいた一番艦・二番艦の船の周りに高い水飛沫が上がり船を覆い隠してそれが無くなるとまるで魔法を受けたように無くなったのをまじかで見れば誰しも
『次は俺の番だ!』
と思った途端体が震え恐怖から逃げる事だけに囚われて
「転舵!転舵!転舵しろ!」
と明確な指示も無く喚いていた。
大きく右に舵・面舵をいっぱいに切ったのは良い・・悪かった。
いきなりの方向転換で三番艦が裏帆を打つ。・・急激な減速に後続の四番艦の対応が遅れて四番艦の艦首と三番艦の後部・艦尾が激しくぶつかり団子状になって織田家の艦隊に向かって来る。
俺・織田家の艦隊とすれば敵艦隊の二隻が団子状になって目標物が大きくなり、その上速度が落ちたことから良い標的になった。
『ドーン』『ドーン』『ドーン』『ドーン』『ドーン』『ドーン』
と連続する発砲音の後は、三番艦・四番艦の周りを高い水飛沫が覆い隠してその水飛沫がおさまる頃には船の姿は無かった。
織田家の艦隊にとっては格好の標的を撃つ訓練になった。
亡くなった方には不幸とゆう言葉しか無いが、実践ほどその練度を上げるものは無い。
大友艦隊の悲劇・不運は続くのだった。
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