第97話 再戦

 永禄元年(1558年)4月、俺と皇女松様との結婚の報告を表立った名目にした砲艦外交の為に京都の町にある御所を再度訪れた。・・・砲艦外交の目的の相手は足利義輝のあとを継いだ将軍足利義昭で、至る所に織田家に対する討伐令をばら撒き世に名高い


『織田信長包囲網』


を構築しようとしているのだ。

 それに将軍足利義昭は俺が京の町に足を踏み入れれば三好三人衆を指揮して包囲して嬲り殺す等という物騒な計画まで立てていたのだ。

 俺だけではない松様の身辺の安全を確保するために将軍足利義昭に対する鉄鎚・艦砲射撃を加えたのだ。


 将軍足利義昭は俺の放った艦砲射撃によって居城の二条城が瓦解してしまったので何と御所に逃げ込んだのだ。

 将軍足利義昭の後ろ盾になっていた三好三人衆も織田家海洋丸の正確無比な艦砲射撃により二条城が瓦解したことに驚き出身地である阿波の国(四国・徳島県)に逃げ出した。


 これで京都の町も静かになった。

 それを聞きつけて大阪城の普請地に逃げ込んでいた織田家の名代を自認していた松永久秀が戻ってきた。

 彼に天皇家から命じられた将軍足利義昭の居城二条城の再建を命じた。

 文化の色濃い京都に京都学芸大学を創設してある程度京都の復興に目処が立ったので帰国しようとその挨拶に今上天皇の目通りを願った。

 目通りが願い正殿に上がったところ、またもや今上天皇の陰に隠れて将軍足利義昭がいたのだ!

 何と今上天皇の前で将軍足利義昭が俺に出した難題が


「俺の兄の義輝の怪我が癒えて、剣の師匠である塚原卜伝のもとに行きたいと言うので連れて行け。」


等と命じられたのだ。・・・う~ん義昭の野郎謹慎していたのではないのかヨ?

 今上天皇の陰に隠れて義昭が命じたとはいえ・・天皇の御前である・・これでは断ることも出来ない弱ったものだ。


 義輝の片腕を切り飛ばしたのは俺だが、その原因を造ったのが義輝だ!

 義輝が松様と帰蝶さんが面談中に酒に酔って乱入して松様の面を切り帰蝶さんを切り殺したのだ。

 帰蝶さんの仇だが女敵討とは違う。・・・う~ん仇敵討については江戸時代に制定された御成敗式目に載っているが、その御成敗式目によると女敵討は不義密通の関係によるものだそうだ。

 それでも義輝は帰蝶さんを殺した憎い奴だその義輝を


「剣の師匠・塚原卜伝にに引き渡すか、塚原卜伝の住む常陸(茨城県)の鹿島神宮にに送れ。」


等と簡単に命じられたが。・・・無理だな!

 俺の感情が許さない!・・・送る前に切り殺してしまいそうだ!!

 それに俺が砲艦外交で領土を広げてきたみたいにみられていることから直接常陸の国に行ったところで領主の佐竹義昭や途中の小田原の北条・下総(千葉県)の国の千葉氏・安房の国の里見氏が黙っていないのは火を見るより明らかだ。

 それに策士を気取っている将軍足利義昭は彼等に対して織田家に対する討伐令も出しているはずだ。・・・実際織田家忍軍が将軍が討伐令を持たせた使者を小田原城の手前で捕らえているのだ。

 松様が


「兄上私の面を切った者を優遇するのですか?」


となじったが


「送れる所までで良いのでに送るように。」


といって立ち去ってしまった。

 弱ったものである。

 そうだ今川氏真いまがわうじざねだ!

 彼は塚原卜伝の弟子だから足利義輝とは兄弟弟子に当たる。


 同盟関係にある今川義元に連絡を取る。

 それに同盟関係の絆として俺の弟秀孝と氏真の娘と婚約していたが、その肝心の秀孝が延暦寺の僧兵等により惨殺され・・・比叡山延暦寺の焼き討ちに発展し・・・ている。

 秀孝のかわりと言っては何だが俺の腹心と言っても良い弟・織田信興と婚約させる・・・どうなるかわからないが話し合いもしなければいけない。

 史実では織田信興は信長が最も信頼していた弟であり、秀孝と同様に悲運の人で伊勢長島の一向一揆の戦いで討死し信長の一向宗に対する憎悪が深まった原因になったのだ。


 今川義元との手紙のやり取りが終わった。

 その結果、義輝を今川義元の居城である今川館(駿府城)まで送りそこで今川義元の嫡男で塚原卜伝の兄弟弟子である今川氏真に身柄を引き渡すことで話し合いがまとまったのだ。


 義輝には配下の一人細川藤孝が付き人としてついてくる事になった。・・・う~んこの人苦労人で史実でも義輝に仕えその後義昭に仕えていたが織田信長と義昭が敵対し京都を追われると信長に従って名前も長岡と改めて丹後国宮津11万石の大名になる人だ。

 青白い顔をした怪我人の義輝と細川藤孝が海洋丸に乗り込む。


 俺から見れば義輝は罪人だ。

 船倉に牢を造りそこに放り込んだ。・・・と言っても俺もにと言われているので食事や上部デッキで運動もさせる。運動の際は俺と彼とは出会うことは無い。出会った途端切り殺しそうになるからだ。


 海洋丸が大阪湾に出ると何艘かの『丸に上の字』の旗印を掲げる村上水軍の小早や関船、大型の安宅船までもがつかず離れず、一定の距離をあけてついてくる。

 まだ村上水軍とは表立った戦いは行われていないが、きな臭い一発即発の状態になっている。

 紀伊水道を通り紀伊半島の先端・潮岬を越えるころになってようやく村上水軍の船は姿を消した。


 義輝や細川藤孝を乗せた状態では紀伊半島の一角・志摩半島の波切城に立ち寄ることは出来ない。

 ここは前世のロケット工学等という最先端技術の記憶を有するサーシャの指導によって近未来的な一大工業地帯になっているのだ。

 桑名新港に給水などの為に立ち寄り、その作業でごった返すなか弟の織田信興が白い将官学校の制服を着て乗船してきた。

 織田家は美男子が多い。秀孝はその織田家にあっても特に美男子として有名だったが、信興はキリリとした顔立ちで白い将官学校の制服が似合う男前である。


 船が桑名新港を離れ一路今川館(駿府城)へと向かう。

 天候にも恵まれて穏やかな航海で今川館の港に着く。

 港には迎えの儀仗兵がズラリと並びその先には今川家と織田家の家紋が縫い染められた白い幔幕が張り巡らされている。

 先に俺は船を降りてその幔幕に案内される。

 そこには今川義元ともう一人偉丈夫が平伏して控えていた。

 今川義元がその偉丈夫を


「元将軍足利義輝と愚息今川氏真の師塚原卜伝である。」


と紹介し、紹介された塚原卜伝は


「足利義輝の身柄は受け取った。

 ところで織田殿の剣士としての御高名を承っている。

 ぜひともその腕前を見たい。

 どうであろう織田殿と不肖の弟子足利義輝とは遺恨があるのでござろう。

 この場で遺恨を晴らしてみれば。」


と言うではないか!・・・う~ん渡りに船である!

 天皇家から命である


『無事に塚原卜伝に義輝の身柄を渡せ。』


が完了したのだ。

 義輝が以後どうなっても関係が無いのだ。俺は


「了!」


と短く答えると。今川義元が身支度をと言われ別の幔幕へと案内される。

 俺はそこに用意された衣装に着替える。

 たすきがけをして最後に用意された帰蝶さん愛用の緋色の鉢金を頭に捲いた。

 手には用意された木刀を下げて元の幔幕をくぐる。

 そこには青い顔をした義輝が木刀を下げて待っていた。


 審判は塚原卜伝が務める。彼が


「伴侶を殺された恨み。腕を切り飛ばされた恨み。双方恨みがあれどもこの戦い以後遺恨を残さぬように。」


と一言述べると


「始め!」


と切りつけるように試合の開始を宣言した。


 義輝はサッと右手上段にとり、左手首から先がない腕を懐に治めるようにしておく。

 俺は合わせるように上段に取る。


 幔幕の中の試合場にはキーンとした寒い様な緊張が走るが、それに対して青空には雲が時の流れのようにゆったりと流れていく。


 俺の額にも義輝の額にも光るものが流れ落ち・・・る。

 

『ポタリ』


と異様に大きな汗の落ちる音が試合場に響くとその音を合図にしたかのように、俺と義輝はお互いの面に向かって渾身の一撃を放つ!


『ドカーン』


という異音が今度は試合場を支配し、俺も義昭も相手の横をすり抜けて背を相手に向けている。


「それまで!」


と塚原卜伝が試合の終了を宣言する。

 それはそうだ俺も義輝も持つ木刀が柄の部分を残して砕け散ったのだ。

 「ドカーン」という異音の正体はお互いが渾身の力を持って面に放った木刀が空中で当たり粉砕したのだ。・・・う~んこんな事は決して起こらないのだ!普通に稽古している四角い竹刀で面を打ち合っても、このように空中でお互いがぶつかり合う事はあっても空中で止まったり粉砕することは無い。ましてや木刀である。刃があるように削られているので、空中でぶつかっても何方の木刀も流れ落ちるのだ。


「フッ」


俺も義輝も力が抜けた。

 その場を塚原卜伝にうながされるようにして義輝が立ち去ったのだった。

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