第80話 皇女松様の呟き

 私は天皇家の皇女で松と呼ばれている。

 実は私は前世・・・この世界が戦国時代なら約500年程未来・・・の記憶があるのだ。


 私は今、織田信長の正妻帰蝶様と御所でお茶会と称する面会を行っている。

 前世の記憶が正しければ弘治3年(1557年)ではまだ織田信長は尾張の領地で過ごしているはずだ。

 なぜなら彼の歴史的転換とも言うべき『桶狭間の戦い』は永禄3年(1560年)でここから歴史に名が刻まれ始めるからだ。


 ところが今はどうだ、今川家を配下にして、斎藤家を降しついには京の都の隣国ともいえる浅井家までも攻め滅ぼして京の都に脅威をもたらす存在になっているのだ。

 京の都に脅威をもたらす織田家に対して朝廷側がとった手段が、信長と帰蝶の間に産まれた奇妙丸こと信忠君のもとに私が行く降家話整える為だ。

 そのお茶会の最中にあろうことか酒に酔った将軍足利義輝が


『骨喰藤四郎』


と呼ばれる名刀・・いや妖刀を振り回して乱入してきた。

 剣豪将軍と名高い足利義輝の放った一刀は帰蝶様を切り裂き、私は咄嗟に切られた帰蝶様の前に出て立ち塞がった。

 酒臭い息を吐いていた足利義輝はこの私にも一刀を振るった。

 焼け火箸を押されたような痛みとはこんな痛みだろうか、右目が火を噴くかと思うほど痛かった。

 足利義輝は無様な仕儀に我を忘れこの部屋にいる者、いやこの御所にいる者すべてを亡き者にしようと思ったのだろう、血相を変えた足利義輝は剣を振り上げて再度私に切りかかろうとした。


 私を切ろうと振り上げた将軍足利義輝の左小手を下からすくい上げるように切り飛ばした男がいる。

 彼は私が懇意にしている古書や『京屋』の若旦那(織田信長)だった。・・・私の3歳の誕生日に京屋の主人として出会い直ぐに織田信長本人だと知ったが、彼もまた前世の記憶があると知った時は驚いた。


 ところで、実は前世で淡い恋心抱いた男性が同様な技を放っているのを見たことがある。

 私は前世では京都に住んでおり、五摂家の一つである一条家にゆかりのある貧乏公家の末裔で当時の父親は一条神社の宮司だった。

 この一条神社には弓道場や武道場があり、正月二日に毎年恒例では弓道等の武道の奉納や流鏑馬やぶさめが行われたのだ。

 当然私も物心が着くころには竹刀や弓等を持たされ、馬にも乗せられた。


 一つ上の兄は全中の剣道大会のチャンピオンで、高校も期待されて進学し1年生ながらインターハイ出場を果たした。

 その応援に私も大会場に足を運んだ。

 そこで兄と同じく高校1年の彼を見た名前は・・・憶えていないが、

『地蔵の赤前垂れ』

とその時呼ばれた。

 何故そんなあだ名が付いたかと言うと、インターハイ出場の2、3年生が


「1年坊主に勝たせるな!」


とばかりに1年生で出場した彼や兄を突き技主体で痛めつけたのだ。

 不幸なことに2回戦で激しい攻防で傷んだ竹刀で対戦相手が放った突きが彼の喉を傷付け出血させた。・・・故意ではない!竹刀も検査されて傷んだものでは無かったが激しい攻防でささくれだったのだ。

 それに気づいた審判は


「止め!」


を掛けたが一瞬遅く・・ささくれが彼の喉を傷付けて血吹雪きが舞った。

 彼はその出血に耐え、胸を真っ赤に染めながら勝ち上がり、ベスト8を賭けて兄と対戦した。

 開始直後の兄の突きが見事に決まって、彼は宙に飛び気を失いそのまま敗退した。

 胸を血で真っ赤に染めて戦った彼の付いたあだ名が

『地蔵の赤前垂れ』

だった。

 私の兄もそこで力を使い果たしたかベスト8止まりだった。


 翌年兄と地蔵の赤前垂れは準決勝で戦い、死闘の末にほんのわずかなスキをついた小手によって兄が勝ち、兄がその年のインターハイを制した。


 高校最後の年に再び兄と地蔵の赤前垂れは今度は決勝で戦い、試合時間ギリギリで放った兄の面に対して小手を地蔵の赤前垂れは放ったのだ。

 地蔵の赤前垂れの放った下からすくい上げるようにして放った小手は打突部位が剣道の審判規則から外れていたので

『一本』

にはならなかったが、私には見事な一本であり、その時放った面の一本勝ちで勝って優勝旗を抱えて戻ってきた兄も憮然ぶぜんとしてあまり喜んでいなかった。


 その小手技をこの戦国時代で御所の一室でも見たのだ。

 小手技によって切り飛ばされた将軍足利義輝の左手には


『骨喰藤四郎』


と言う名刀を握ったままだった。

 私はその刀を拾い上げて、片手に持ち将軍足利義輝に無残にも切り倒された帰蝶を抱き上げた若い男、織田信長の裾を空いた手で握っていた。

 私は今頃押っ取り刀で駆けつけてきて信長を取り押さえようとした北面の武士を骨喰藤四郎で牽制した。

 玄関を出て信長が馬車に乗り込もうとした際に着物の裾から手を放し


わらわの為に造作を掛けた。

 この様な醜い面になってはその方の嫡男とは婚儀は出来ぬ。

 妾の代わりに凶刃に倒れた帰蝶さんをねんごろに弔ってくれ。」


と申して首を垂れ、御所内へと駆け戻ったのだった。

 私は部屋に戻ると右目の傷の痛みで昏倒した。

 右目には刀傷が残り、右目は無くなり義眼を入れなければならなかった。


 と言えば、私の兄と決勝戦を争った彼・・・『地蔵の赤前垂れ』は翌年の大学入学を待たずにという。

 私の兄は剣道の強豪国立大学に進み、彼は同じく剣道では名門の私学の強豪大学に進む予定だったという。・・・兄は大学時代にも彼と剣道で争うと期待していたようだ。


 私は強い彼が年若くして亡くなり、強い兄がいるので武道は適当なところでお茶を濁して学業に専念することにして京都にある医科薬科大学の医学部に入学した。

 そこを卒業後大学院に入り、その大学院卒業後も大学の研究室に残り続けて、いつの間にか結婚もせずに30歳を超えてしまった。

 どうも私は兄の宿敵だった『地蔵の赤前垂れ』に恋心を抱き、美人の私に・・・自分で言うのもおこがましいのだが・・・群がる男を彼と比べてしまっていたのが結婚できない敗因だ。

 そのおかげかどうか知らないが、大学の研究室では他に例を見ない新薬と細胞の研究をしていた。


 それはノーベル賞を貰える程の研究で、私の研究に目を付けた先輩助手がトラップを仕掛けた。

 私が研究室に入ると30秒後に爆発炎上するというものだ。

 先輩助手は最初は研究室の失火で私を追い出すつもりだった。

 彼は美人の私に・・・また言ってしまったが自分でもうっとりするくらい本当に美人だったのよ・・・愛を告白したが、性格が優柔不断で私のタイプでもなかったのでけんもほろろに拒絶したのを根に持った。

 失火で追い出す程の火薬の量・・・医学部で薬品はたんまりあるので火薬の材料には事欠かない程ふんだんにあるのだ・・・が、坊主憎けりゃ袈裟まで憎いでは無いが逆上して怪我をさせるほどの量等と日ごとに多くしていった。

 先輩助手の優柔不断の性格が災いして決行日を先送りし、その度に火薬量が増えていきとんでもない程の火薬を製造していた。


 私が研究室の教授に褒められるのを暗い目で先輩助手が見つめ遂にトラップを発動させた。

『ズドーン』

と言う轟音と共に研究室が吹き飛び私の体も四散した。


 気が付いたら私はこの戦国時代に生まれていたのだ。

 産まれたばかりの赤子の時は酷かった!

 体が自分の意思で動かないのも酷かった。

 ただ高貴な家で生まれたらしく、絹の着物を着せられ使用人も沢山いた。


 そのうちハイハイで動き回れるようになって、動き回るうちに、ここは御所で、皇女と呼ばれる存在だと知った。

 持って生まれた、知識欲、探究心は抑えられず・・・他から見たら


「すぐ何処かに消える面倒な子。」


と思われていたのだろうが・・・御所内をハイハイで歩き回り、ついには陰陽師の役人の後ろをついていき宝物庫内に侵入を果たした。


 宝物庫内は古今東西の名品珍品が並び、古書もうず高く積み上げられている。

 この宝物庫が私の遊び場になった。

 宝物庫の名品珍品に目を輝かせて見入り、難しい古書を黙って見ている。

 この宝物庫に入れておけば、古書だけ手に取るが大人しく何時間でもいるので、今までの


「すぐ何処かに消える面倒な子。」


から


「本さえあてがっておけば大人しい良い子。」


に格上げした、・・・それも長くは続かなかった雨の日、風の日、雪の日までもハイハイから伝い歩きなったが宝物庫に行こうとする


「面倒な子。」


になった。

 女官頭も考えた、帝に


「松皇女が宝物庫の古書を読んでいるので、自由に使わせて欲しい。」


と訴えた。帝は


「2歳児にもならない者が、古書など読めるか。松を呼べ試してやる。」


と私を呼び出した、私の前には

『吾妻鏡』

と言う本が置かれて、帝が


「読んで見よ。」


と言うので幼児で活舌は悪いがスラスラと私が読み始めた、これを見て帝は驚いて


「よし許す!宝物庫の古書や書物庫にある書籍好きに読むが良い。」


と宝物庫だけでない書物庫の鍵まで女官頭に渡したのだ。

 私が生まれた年に、尾張の織田信長からこの世界ではいまだ作られていないはずの鉛筆や色鉛筆が数セット、織田信長の正妻帰蝶から実家の美濃和紙が大量に


「皇女松様の誕生日の祝いに。」


と言って御所に贈られてきた。

 私の毎年の誕生祝にも京屋という書籍問屋から同様に鉛筆や色鉛筆セットと美濃和紙が贈られた。

 当時の御所は見栄えはするが内情は火の車だった。


 手っ取り早く金を稼ぐには宝物庫や書物庫の鍵を預かっているので、珍しい珍品名品を売り払えばよいと思った。

 それでもと思い前世では散逸した貴重な書籍を持って京都に新しく出店した古書問屋『京屋』に向かった。

 古書問屋京屋には、この世界にはいまだ無いはずの鉛筆や色鉛筆まで扱っているのだ、何かあると興味を持ったのだ。・・・今世の私は興味のある物、探求心は抑えられないようだ。

 そこで織田信長という傑物と出会ったのだった。

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